ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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小説

ここでは、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない。

「白田さん、もうこの会社に来てから一年半くらいですよね?」 「うん、残念ながら。」 「はははっ、残念ながら、ですか。ぼくね、白田さん見てて、すげえなあって思うことがあって。」 「へぇ、」 「はい、会社にまったく馴染んでないこと、だって自分の前…

涙の理由

「ねえ、さっきから変な黒い虫が顔の周りをずっと飛び回るよっ、なんなのこれっ!タオルで払ってもいなくならないよ、ねえ、うざいよこれ、どうにかしてよ、もうやだよっ!」 アキが頭の狂った交通整理の女性警官みたいに、ぼくの横でハンドタオルを激しく振…

神話

「人間はさあ、動物の血だけを糧にして、生きていけるのかなあ?」 「動物の血って・・・?」 「えっ、動物の血だよ、犬とか猫とかネズミとか、もちろん人間とかさ。」 -------------------- 頭上には青と水色のグラデーションしか見えない台風一過の晴れ渡…

ヴァン・ヘルシング

「いつもすみません、なにせもうこの歳で、パソコンに関してはあなただけが頼りで・・・、もう神頼みと言ってもいい。」 「神というよりは、あなたは魔法使いよ。神様はぜんぜん助けてはくれないけれど、白田さんはぜんぶ解決してくれるでしょ。ほんとうにあ…

水晶

「今年も、海に入らなかった。」 桃香はなんだか、世界が終わる前日みたいな陰気な表情を浮かべながら、夕暮れ時の影みたいに真っ黒な伸びをして、声をあげた。 「だって、きみ、泳げないんでしょ?」 「泳げませんよ、わたし山奥の田舎のこだから、学校にプ…

『クロガミ』

「なにか怖い話を、聞かせてよ。」 「怖い話って、こんな炎天下の真っ昼間に?」 「うん。」 山奥のバス停で出会ったその女性は、自分の名前を「フォーティーン」だと名乗った。なぜフォーティーンなのかと言えば、自分が14歳だからだと彼女は言った。 「14…

黄金と月の湖

「おとといさ、湖でたくさんのエイが空飛ぶ絨毯みたいに泳ぎ回っているのを見かけたんだよ。最近ずいぶん暖かくなってきたから、湖岸には透明な緑色をしたさ、そしてなんだかやけに禍々しい渦を巻いた水草がモサモサ生え出してて、その水草の上をエイたちが…

薄暗いけれど鮮やかな濃夢

十四歳の頃に知り合った、ぼくのただひとりの、おそらくただひとりだと言ってもいい友だちが、自ら命を絶った。 都内でも有数のとんでもなく高いビルから、警備員の制止を振り切って飛び降りたと聞いた。六十階のビルだ、生きてかえったなら、酒のつまみには…

ゴラダームの穴の話

道端で、目の前を歩く見知らぬ老婆が唐突に転んだので、何も考えることなく慌てて咄嗟に駆け寄って手を差し伸べた。 「だいじょうぶですか?」 「ああ、ああ、ありがとうね、ぜんぜん大丈夫だけん、あんたみたいに若くても、うっかり転ぶでしょう。そのうっ…

ダークネス

「先が見えない道を歩くのって、あたし、けっこう好きなんだよ。」 狭い台所の小さな流し台で、ぼくの身体の右側面に磁石に吸い寄せられたブリキ人形みたいに引っ付いてカタカタと洗い物をしているミラが突然手を止めて、たぶんまだブリキにはなりきれないで…

アルファとオメガの水色

ぼくが振り返ると、ミラは自転車の正面をぼくの立っている場所とは反対に向けたまま、ぼくの方に体を振り返らせ、何か湿り気のある小さくて透明な柔らかい球体を覆い隠すような悲しげな笑みを浮かべて、こちらをずっと見ていた。その姿を見て歩みを止めたぼ…

第零話 - 現像 -

ぼくが毎朝、駅まで向かう途中で通り抜ける小さな自然公園の遊歩道で、毎日ではないのだが、必ず同じ時刻に公園内ですれ違う女性がいる。 髪は健康的な心地の良いショートヘアーで、上品だがなにか常識を外れたような黒縁のメガネをかけていて、会うたびに耳…

ハリネズミの微笑み

午前七時過ぎ、ぼくがベッドの中で微睡んでいると、ベッドの脇のサイドテーブルに置いてあるiPhoneにメッセージが送られてきた。 昨日は、ごめん。 ぼくはベッドの中でしばらく、ただ一言だけ送られてきたその言葉を何度と無く読み返してから、起き上がった…

暗い森

「鬼のミイラがあるキボシ神社っていうのは、この山の頂上にあるんですか?」 吉田緑がぼんやりと空を仰ぐようにして鳥居を見上げながら、ぼそっとつぶやいた。 「いや、山頂ではないようなんだけど、おれの調べた情報だと、この鳥居を抜けてしばらく登山道…

ハトマダラ序説

東京新宿のとある場所に、「鳩斑(ハトマダラ)」と呼ばれる場所があることをご存知だろうか。 かつて東京都内にはこの鳩斑と呼ばれる場所が、非公式にではあるが確認されていただけでも七ヶ所(浅草、渋谷、池袋、中野、上野、秋葉原など)存在した。しかし…

黒色の噂

この町に何か邪悪なものが潜んでいるという噂は、私が小学生の頃から、いや、おそらくはもっとずっとずっと昔から囁かれている。 その噂は、インターネットの検索では一切探すことは出来ないし、もしあなたが町の誰かにあえて聞こうと思っても直接的かつ具体…

遅く起きた日曜日の朝の食事

日曜日の午前中、近所のコンビニエンスストアに買い物に出掛けようとして玄関を出ると、家の前の道路のアスファルトの上に白い猫が血まみれになって横たわっていた。 フサフサとした白い毛の半分ほどが赤黒い血でクッタリと濡れ、目は異常に見開かれ、口は何…

第六章:友人 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷と過ごした日から数日経ったある夜、仕事からの帰宅後、私が近所の弁当屋で買ってきた唐揚げ弁当を食べながらビールを飲んでいると、父から再び私のもとにやはり長文のEメー…

第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷は団体施設の捜査内容に関して、これ以上のことは自分の完全な推測と想像の域を出ないので、結果としてはまったく根も葉もないような噂話でしかなくなるかもしれないため、…

第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第三章:ミートボール -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷がその夜語った事柄は、祖父の怪しげな著作をすでに何度となく読み返していた私でさえも、にわかには信じがたいものだった。あるいは事前に祖父の著作の内容を知ってい…

第三章:ミートボール -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第二章:白い猿の王国 - 『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 「おおっ!植田か、久しぶりじゃないかっ!」 「ああ、久しぶり、急に電話してごめん、今大丈夫かな?」 「今日は明け番で休みなんだよ、しかし久しぶりどころじゃないよ…

第二章:白い猿の王国 - 『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実 祖父の通夜と葬儀は父の判断により直接的な関わりのある親族だけの密葬として済まされ、祖父と親交のあった父の把握している限りの数人には、父が直接電話を掛けて祖父の訃報を知らせることになった。…

故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実

地元の郷土史研究家だった祖父の植田潤民が、狒丈山を流れ落ちる渓流の下流域で発見されたのは2018年の年が明けて間もない頃だった。 発見したのは地元にある大学の登山サークルのグループ三人で、元日に初日の出を見るために狒丈山山頂を目指して登山に出か…

ウエスト・ウォール - 0046地区 - ムーン・ホワイトからの報告

図書館の窓にかけられた半開きのブラインド越しに、黒々と波打つ川が見える。 今日はいつになく風が強く、川の水が鋭い風の刃で細かく切り刻まれでもするかのように痛々しい姿を晒している。 そして風は、その水の姿を見て豪快で低く憎らしい笑い声をあげて…

ユーゴーリム(UGORIM)

私の住む町である噂が囁き出されたのは、もう一年も前のことになる。 2018年1月20日からの数日間に、この町の少年が立て続けに三人も行方不明になるという出来事が起こった。行方不明になったのは息子と同じ学校に通う小学三年生で、三人とも息子とは同じク…

死の壁に覆われた町からの短い手紙

結局のところ日常なんてものは、根源的に言えば同じことの繰り返しでしかない。その永遠に続く過酷な拷問かのような繰り返しを耐え抜くために、人は時々、いや頻繁に夢を見るのかもしれない。 ぼくの暮らす町が一見すると目には見えない特殊な壁で覆われてし…

年始の怪談

2018年1月1日、いつもよりも圧倒的に寝坊をして午前十一時にベッドから起き上がる。 昨夜、何をするともなく物思いに耽りながら夜中の三時過ぎまで起きていたことが原因だと思うが、今日特に起きなくてはならない時間など決められているわけではなかったので…

年末の怪談

アオイが息を切らして帰ってきた。彼女が息を切らして帰ってきたことなど、この一年で一度もない。 「ねえ!」 「どっ、どうしたの?」 「まだっ、年明けてないよねっ?」 「まだ?ああ、まだね、どうしたの?」 「あそこの稲荷神社に、変なお面をかぶった人…

クリスマス

2017年12月26日、クリスマスの翌日にぼくがベッドの中で目を覚ますと、隣で眠っているはずの彼女の姿が消え去っていた。消え去っていたのは姿だけではなく、そこに昨夜あったぬくもりのようなものも、一緒にどこかに消え去っていた。 ベッドから起き上がった…

キボシ神社

前回の話:鬼の屍 『次はキボシ、キボシでございます。お降りの方はブザーでお知らせください。』 ぼくが座席の脇に設置されたブザーのボタンを押すと、運転手がバックミラー越しにぼくの方に目を向けた。 「お客さん、次で降りられますか?」 「あっ、はい…