ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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醗酵する明日と、ネギとモラル日記。

あるWEBLOGに、納豆には長ネギじゃなくて玉ネギが好き、って書かれていた。

 

玉ネギにカラシ、それが好きだと。

 

それを読んで「はっ」と思い、生まれて初めて納豆に玉ネギのみじん切りを入れてみた。

 

その日までぼくは、納豆には長ネギしか入れたことがなかった。冷蔵庫に納豆はあるが、長ネギがない日もある。けれど、玉ネギはあった。ぼくの冷蔵庫には、長ネギよりも玉ネギが居座ることのほうが多い。

 

ただそんな時、納豆に玉ネギを使うことが躊躇われた。

 

玉ネギでもいいんじゃないだろうかと、そんな想いを馳せたことは数知れない。ネギだから、許されるんじゃないだろうかと。なのに、ぼくにはなぜかその一歩が踏み出せなかった。

 

タルタルソースの話をしよう。

 

ぼくはよくタルタルソースを作る。マヨネーズ自体はめったに作らないが、市販のマヨネーズを使ってタルタルソースを作る。基本的にはマヨネーズにきゅうりのピクルスとパセリと玉ネギを混ぜるだけだ。きゅうりのピクルスは自分で作ることが多い。

 

ただ冷蔵庫の具合によってや、その日の食事の色によって、ぼくはタルタルソースに長ネギを使う。そして長ネギを使う際には必ず、ピクルスではなくぬか漬けのきゅうりを使うことにしている。

 

しっとりとした地味な味のタルタルソースになる。

 

まあ、玉ネギにはピクルスで、長ネギにはぬか漬けってものは、それはぼくが勝手に決めているルールみたいなもので、本質的に言えばどうだっていいんだけれど、ただ圧倒的な何かのルール、例えば社会のルールではなく、自分自身のルールみたいなものをしっかり持つことをぼくは重んじるのだ。

 

もっと言えば、社会のルールなんてものはおおよそクソだと思っている。

 

交通量がほぼゼロの交差点で、信号が青に変わるのを待つ歩行者がいる。たくさんいる。ぼくは待たない。信号はあくまで、道を渡るための補助的な要素でしかないからだ。渡る判断は自分でするべきなのだ。信号が青でも、赤でも、黄色でも、紫でも、自分が周囲の状況を判断して渡らなければ、意味がない。信号なんてクソ食らえなマッドマックスばりに交差点に突っ込んで来る車に、信号だけの情報は役になんてクソほどもたたない。

 

言葉にクソが多くて失礼。

 

納豆とネギの関係性は、社会的なルールとは少し違うかも知れない。たぶん、幼い頃の家庭環境だろう。ぼくは、料理がとんでもなく上手な祖母と、料理がまったくできない母の元で育った。祖母の存在がなかったら、ぼくの味覚は明らかに崩壊していた。インスタントやコンビニ弁当至上主義だった母の食事は、たぶんいまだに崩壊の一途をたどっているに違いない。

 

ぼくの思い出のごはんはすべて祖母のもので、母のものではまったくない、まったくもクソも、無なのだ。実家に帰っても、祖母なき今、まともな手作りの夕飯なんてものは出てこないし、朝ごはんなんて、一切出てこないのだ。そんな家に、帰りたいとはもう思わなくなった。

 

今日は朝から大雨が降っていた。

 

普段、雨の日はジョギングには出ない。ましてや大雨の日には。でも今日は、大雨の中を走った。もちろんびしょ濡れになったが、なにか少し心地よいものがあった。

 

簡単にいうと、浮遊感かな。

 

雨の中を走るという行為に、ぼくの中のルール違反が少し生じて、それが何かしらぼくを高揚させたのだろうか。

 

強制的な大きいルールとか小さいルールとか、あるいは何かの外的な拘束とか、過去の呪縛とか、それ以外にもなんだかそれらしいものがいっぱい存在する。

 

そして、毎日そういうことにいっぱいくじけるけど、

 

ただ、今日思ったことは、納豆に玉ネギは美味しかった。

 

ルールや、善悪やモラルを語るよりも、いまは納豆に玉ネギを語るべきだろう。

 

納豆に玉ネギを教えてくれたきみに、ロシアあたりから愛を込めて。