ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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タトゥー 中編

カリンがいなくなってから二年と少しが経った。

 

二年と少し前のあの日、「八時くらいにきみの部屋にいくね!」というメッセージを最後に、カリンはぼくの前から姿を消した。消えてしまったのが、ぼくの前からだけなのか、あるいはこの世界からなのか、それはいまでもよくわからない。約束の八時をずいぶん過ぎた頃に彼女に電話をかけると、もうその電話番号は繋がらなくなっていた。

 

その直後に、少し混乱したぼくは近所の交番に向かい、カリンからの連絡が途絶えたことを訴えたのだが、交番にいた若い男性の警察官から彼女の詳細を聞かれた時に、ぼくは彼女についての多くをまったく知らないことに気が付いた。

 

「心配されていることはわかりました・・・、ただもうすこしその方の情報がないと、どうにも調べる方法が・・・。」

 

 

 

 

「どうしたら体の模様のことが調べられるかと思ってさ、ゼミの先生に聞いてみたのよ、入れ墨とかタトゥーのことなんかに詳しい先生は、この大学にいますか?って。」

 

「きみの専攻はなんだったの?」

 

「農学よ、農学部だったから。」

 

「農業大学にそんなことに詳しい人がいるの?」

 

「その大学は農業専門じゃなくて、民俗学とか人類学とかの学部もわずかながらあったの。だから当然、そういうことに詳しい先生がいるかもしれないでしょ。」

 

「なるほど。」

 

 

 

 

 

「入れ墨とかタトゥーですか、そうだなあ・・・。」

 

「誰かいませんか?何から調べていいのかよくわかんなくて、ちょっとしたキッカケだけでも教えてもらえればいいんですけど。」

 

「それはなにか課題と関係があるの?」

 

「いえ、ごく個人的なことで、ちょっと調べていることがあって。」

 

「ああ・・・、そうか、入れ墨ねえ・・・、河童のことを調べている人は、確かいますねえ、この大学に。」

 

「河童っ!河童かあ、河童とタトゥーはなにか関係があるかなあ・・・。」

 

「ははは・・・、そうだねえ、私はよくわからないけれど、だた一見関係のないような事柄でも、万物は大方つながっているものですよ。一度彼に聞いてみますよ、もしかしたら入れ墨なんかにも詳しいかも知れないし、誰かそういうことに長けた人を知っているかも知れない。」

 

 

 

 

 

「のどが渇いちゃったよ。」

 

カリンが小さなため息をついて、ぼくの方に体を寄せた。

 

「水がいい?」

 

「何か他にもある?」

 

「たぶん牛乳ならある。」

 

「じゃあ、牛乳がいいな。」

 

「オーケー、じゃあちょっと待ってて。」

 

「うん、待ってる。あっ、ニキータみたいにさ、ベッドの上にテーブルを出してほしい。ああいうの憧れるじゃない。」

 

ニキータには確か牛乳は出てこない気がするけれど、牛乳はレオンだよ。」

 

「飲み物の種類の話じゃないのよ、あのベットでのシチュエーション。」

 

「そうですか、だけど残念ながら、ベッドの上に食事を出すようなテーブルはウチにはないんですよ、ミス・ニキータ。次回でいいかな?」

 

「次回は用意してくれるのっ!?」

 

「今度一緒にニキータとレオンを観て、あの世界観がここで再現したいと、おれが切に望んだらね。」

 

カリンがまた体を震わせてクスクスと笑い、それがぼくの体になにかの熱を帯びさせた。