タトゥー 中編
カリンがいなくなってから二年と少しが経った。
二年と少し前のあの日、「八時くらいにきみの部屋にいくね!」というメッセージを最後に、カリンはぼくの前から姿を消した。消えてしまったのが、ぼくの前からだけなのか、あるいはこの世界からなのか、それはいまでもよくわからない。約束の八時をずいぶん過ぎた頃に彼女に電話をかけると、もうその電話番号は繋がらなくなっていた。
その直後に、少し混乱したぼくは近所の交番に向かい、カリンからの連絡が途絶えたことを訴えたのだが、交番にいた若い男性の警察官から彼女の詳細を聞かれた時に、ぼくは彼女についての多くをまったく知らないことに気が付いた。
「心配されていることはわかりました・・・、ただもうすこしその方の情報がないと、どうにも調べる方法が・・・。」
「どうしたら体の模様のことが調べられるかと思ってさ、ゼミの先生に聞いてみたのよ、入れ墨とかタトゥーのことなんかに詳しい先生は、この大学にいますか?って。」
「きみの専攻はなんだったの?」
「農学よ、農学部だったから。」
「農業大学にそんなことに詳しい人がいるの?」
「その大学は農業専門じゃなくて、民俗学とか人類学とかの学部もわずかながらあったの。だから当然、そういうことに詳しい先生がいるかもしれないでしょ。」
「なるほど。」
「入れ墨とかタトゥーですか、そうだなあ・・・。」
「誰かいませんか?何から調べていいのかよくわかんなくて、ちょっとしたキッカケだけでも教えてもらえればいいんですけど。」
「それはなにか課題と関係があるの?」
「いえ、ごく個人的なことで、ちょっと調べていることがあって。」
「ああ・・・、そうか、入れ墨ねえ・・・、河童のことを調べている人は、確かいますねえ、この大学に。」
「河童っ!河童かあ、河童とタトゥーはなにか関係があるかなあ・・・。」
「ははは・・・、そうだねえ、私はよくわからないけれど、だた一見関係のないような事柄でも、万物は大方つながっているものですよ。一度彼に聞いてみますよ、もしかしたら入れ墨なんかにも詳しいかも知れないし、誰かそういうことに長けた人を知っているかも知れない。」
「のどが渇いちゃったよ。」
カリンが小さなため息をついて、ぼくの方に体を寄せた。
「水がいい?」
「何か他にもある?」
「たぶん牛乳ならある。」
「じゃあ、牛乳がいいな。」
「オーケー、じゃあちょっと待ってて。」
「うん、待ってる。あっ、ニキータみたいにさ、ベッドの上にテーブルを出してほしい。ああいうの憧れるじゃない。」
「ニキータには確か牛乳は出てこない気がするけれど、牛乳はレオンだよ。」
「飲み物の種類の話じゃないのよ、あのベットでのシチュエーション。」
「そうですか、だけど残念ながら、ベッドの上に食事を出すようなテーブルはウチにはないんですよ、ミス・ニキータ。次回でいいかな?」
「次回は用意してくれるのっ!?」
「今度一緒にニキータとレオンを観て、あの世界観がここで再現したいと、おれが切に望んだらね。」
カリンがまた体を震わせてクスクスと笑い、それがぼくの体になにかの熱を帯びさせた。