ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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甘く香るサイエンス・フィクション

「夢のない眠りがほしいの、いまは夢なんか見たくない、ただ眠りたいの。深く深く、真っ白く柔らかい泥土に沈みこんだいみたいに、わたしのまわりにはさ、なんにもなくなったみたいに、ただ眠りたいの。」

 

ホコリとかパン屑とか髪の毛にまみれた床がボツボツと音を立てていた。

 

「夢はさ・・・、」

 

「わかってるよっ!!!夢は、自分じゃさ、コントロールできないっ!だから叫んでるのっ!」

 

ぼくの手の甲に温かい水滴が何粒も何粒も、降ってきた。

 

「どんな夢を見るの?」

 

「狂った夢ばかりだよ、見るのはっ!」

 

「どんな・・・、どんなふうに狂った夢?」

 

「いちいち説明できないよ、狂った夢だよ。夢なんてたいていは狂ってるけどっ!」

 

「そうだけれど、ただ・・・、」

 

ついさっきまで激しい舞踏みたいに体を揺り動かしていたユナが、打ち捨てられた人形みたいに動かなくなった。

 

「ごめんなさい。夢の話をここに、日常に持ち出すべきじゃなかったよね。きみもそんなことで毎日怒鳴られたら、おかしくなっちゃうよね、ごめん。」

 

「いや、別にいいんだよ。ただ、どうしたらいいかなって、よくわかんなくて・・・、」

 

「わたしにも、わかんない。」

 

「うん、」

 

「Rose is a rose is a rose is a rose」

 

ユナは眉間に右手の人差指を突き立てた。

 

「それ、ガートルード・スタインかな、薔薇は薔薇であり、」

 

「ガートルード?」

 

「詩人だよ、アメリカの。」

 

「そっか、昨日見た海外のドラマで言ってたの、薔薇は薔薇であり、って。」

 

「そっか。」

 

「ジェイクはさ、弱く見えるようで、でも実は強いんだけれど、ほんとうはすごく弱いっぽい。でもその真実をわたしは知らない、たぶんずっと知りえない、かもしれない。ちょっと知りたい。ちょっとじゃないかな、たくさん知りたい。ほんとうは、どうなのかなってさ。」

 

ぼくは鼻から息を吹き出して笑う。

 

「薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である。」

 

ユナが大きく息を吸い込んで笑った。

 

「私が見えるままだってことかな?」

 

「おれにもわかんないよ、でも、きょうはもう遅い、だから、もう眠ろう。」

 

「そうだね、わかった、眠ろう。でも夢は見たくないな。」

 

「わかった、できる限り努力しよう。」

 

「なんの努力やねんっ!!」

 

ユナが笑った。

 

「言ってもわからない努力さ、たぶん薔薇とは違う。」

 

「目には見えない魔法かな、そうだね・・・、わかった。」

 

ユナはそう言って、楽しそうに両手で奇妙な薔薇のようなものを象っていた。