ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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小説-短編

水晶

「今年も、海に入らなかった。」 桃香はなんだか、世界が終わる前日みたいな陰気な表情を浮かべながら、夕暮れ時の影みたいに真っ黒な伸びをして、声をあげた。 「だって、きみ、泳げないんでしょ?」 「泳げませんよ、わたし山奥の田舎のこだから、学校にプ…

黄金と月の湖

「おとといさ、湖でたくさんのエイが空飛ぶ絨毯みたいに泳ぎ回っているのを見かけたんだよ。最近ずいぶん暖かくなってきたから、湖岸には透明な緑色をしたさ、そしてなんだかやけに禍々しい渦を巻いた水草がモサモサ生え出してて、その水草の上をエイたちが…

薄暗いけれど鮮やかな濃夢

十四歳の頃に知り合った、ぼくのただひとりの、おそらくただひとりだと言ってもいい友だちが、自ら命を絶った。 都内でも有数のとんでもなく高いビルから、警備員の制止を振り切って飛び降りたと聞いた。六十階のビルだ、生きてかえったなら、酒のつまみには…

アルファとオメガの水色

ぼくが振り返ると、ミラは自転車の正面をぼくの立っている場所とは反対に向けたまま、ぼくの方に体を振り返らせ、何か湿り気のある小さくて透明な柔らかい球体を覆い隠すような悲しげな笑みを浮かべて、こちらをずっと見ていた。その姿を見て歩みを止めたぼ…

暗い森

「鬼のミイラがあるキボシ神社っていうのは、この山の頂上にあるんですか?」 吉田緑がぼんやりと空を仰ぐようにして鳥居を見上げながら、ぼそっとつぶやいた。 「いや、山頂ではないようなんだけど、おれの調べた情報だと、この鳥居を抜けてしばらく登山道…

第六章:友人 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷と過ごした日から数日経ったある夜、仕事からの帰宅後、私が近所の弁当屋で買ってきた唐揚げ弁当を食べながらビールを飲んでいると、父から再び私のもとにやはり長文のEメー…

第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷は団体施設の捜査内容に関して、これ以上のことは自分の完全な推測と想像の域を出ないので、結果としてはまったく根も葉もないような噂話でしかなくなるかもしれないため、…

第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第三章:ミートボール -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 大谷がその夜語った事柄は、祖父の怪しげな著作をすでに何度となく読み返していた私でさえも、にわかには信じがたいものだった。あるいは事前に祖父の著作の内容を知ってい…

第三章:ミートボール -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:第二章:白い猿の王国 - 『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』 「おおっ!植田か、久しぶりじゃないかっ!」 「ああ、久しぶり、急に電話してごめん、今大丈夫かな?」 「今日は明け番で休みなんだよ、しかし久しぶりどころじゃないよ…

第二章:白い猿の王国 - 『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話:故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実 祖父の通夜と葬儀は父の判断により直接的な関わりのある親族だけの密葬として済まされ、祖父と親交のあった父の把握している限りの数人には、父が直接電話を掛けて祖父の訃報を知らせることになった。…

故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実

地元の郷土史研究家だった祖父の植田潤民が、狒丈山を流れ落ちる渓流の下流域で発見されたのは2018年の年が明けて間もない頃だった。 発見したのは地元にある大学の登山サークルのグループ三人で、元日に初日の出を見るために狒丈山山頂を目指して登山に出か…

ウエスト・ウォール - 0046地区 - ムーン・ホワイトからの報告

図書館の窓にかけられた半開きのブラインド越しに、黒々と波打つ川が見える。 今日はいつになく風が強く、川の水が鋭い風の刃で細かく切り刻まれでもするかのように痛々しい姿を晒している。 そして風は、その水の姿を見て豪快で低く憎らしい笑い声をあげて…

ユーゴーリム(UGORIM)

私の住む町である噂が囁き出されたのは、もう一年も前のことになる。 2018年1月20日からの数日間に、この町の少年が立て続けに三人も行方不明になるという出来事が起こった。行方不明になったのは息子と同じ学校に通う小学三年生で、三人とも息子とは同じク…

死の壁に覆われた町からの短い手紙

結局のところ日常なんてものは、根源的に言えば同じことの繰り返しでしかない。その永遠に続く過酷な拷問かのような繰り返しを耐え抜くために、人は時々、いや頻繁に夢を見るのかもしれない。 ぼくの暮らす町が一見すると目には見えない特殊な壁で覆われてし…

年始の怪談

2018年1月1日、いつもよりも圧倒的に寝坊をして午前十一時にベッドから起き上がる。 昨夜、何をするともなく物思いに耽りながら夜中の三時過ぎまで起きていたことが原因だと思うが、今日特に起きなくてはならない時間など決められているわけではなかったので…

年末の怪談

アオイが息を切らして帰ってきた。彼女が息を切らして帰ってきたことなど、この一年で一度もない。 「ねえ!」 「どっ、どうしたの?」 「まだっ、年明けてないよねっ?」 「まだ?ああ、まだね、どうしたの?」 「あそこの稲荷神社に、変なお面をかぶった人…

クリスマス

2017年12月26日、クリスマスの翌日にぼくがベッドの中で目を覚ますと、隣で眠っているはずの彼女の姿が消え去っていた。消え去っていたのは姿だけではなく、そこに昨夜あったぬくもりのようなものも、一緒にどこかに消え去っていた。 ベッドから起き上がった…

キボシ神社

前回の話:鬼の屍 『次はキボシ、キボシでございます。お降りの方はブザーでお知らせください。』 ぼくが座席の脇に設置されたブザーのボタンを押すと、運転手がバックミラー越しにぼくの方に目を向けた。 「お客さん、次で降りられますか?」 「あっ、はい…

鬼の屍

こんな夢を見た。 「神狩さん、私、一緒に付いていってもいいですか?」 ーーーーーーー とあるパン製造の会社でアルバイトを始めたぼくは、会社の社員旅行で九州の宮崎県に来ている。 ぼくの部署の上長に旅行の誘いを受けた際にぼくは、自分が社員ではなく…

短いあとがき - 『南にある黒い町』

2017年9月26日火曜日、物語の始まりであり終わりとして描かれているこの日と同じ、現実世界のこの日に、ふと思い立って書き始めた『南にある黒い町』という物語。 『南にある黒い町』:第十五章(終章)- 黒い町 当初はぼんやりとした塵ほどのプロットしかな…

第十五章(終章)- 黒い町

前回の話:第十四章 - 肉食 「あるいは、婆様も人を喰らっているのかもしれん。」 「人を・・・って・・・、その、中身をってことですか?」 猿神はその問いに対してしばらくの間何も答えず黙り込んでいた。 「おまえが自分で聞いてみればよかろう。先ほどの…

第十四章 - 肉食

前回の話:第十三章 - 闇の中 -『南にある黒い町』 体をこわばらせて床に胡座をかくぼくを、猿神は随分長い間、物珍しそうにしながら、しかしじっと睨みつけている。 時折、猿神の背後に座っている三つの人影が、それぞれに身を捩らせながら何か小さな言葉を…

第十三章 - 闇の中 -『南にある黒い町』

前回の話:第十二章 - 眠り 猿神はおもむろにぼくのスニーカーから足を下ろし、一瞬だけぼくの顔をチラリと見上げると、鳥居の下をゆっくりとくぐり抜け、真っ白い尻尾を揺らしながらピョンピョンと暗がりに続く神社の石段をのぼり始める。 そして、鳥居脇に…

短編小説『南にある黒い町』プロットと単行本表紙デザインなど

しばらく書き続けているラフ的な物語が案外と長くなってきたので、小説のタイトルとプロット再考、そして単行本を想定した表紙デザインなどを掲載してみようと思う。 タイトルはまだ暫定ではあるが『南にある黒い町』(Black Town in the South)。 もし物語…

第十二章 - 眠り

前回の話:第十一章 - 豪腕 切通しの緩やかな坂道を一気に滑り降りるようにして走り続けるぼくの背後から、佳子ちゃんの激しく泣き叫ぶような声と、真夜中にどこからともなく聞こえてくる怪しげな鳥の鳴き声のようなギャーギャーという奇声とが入り混じった…

第十一章 - 豪腕

前回の話:第十章 - 新たな悪夢 『このまま走り続けろ。』 地面から湧き上がるような猿神の声が頭にこだまし、背中から一陣の冷たい風が立ち昇る。するとぼくの頭上から弧を描くようにして、何か淡く白い光の塊のようなものがぼくの駆け上がっている坂道の目…

第十章 - 新たな悪夢

前回の話:第九章 - 猫の爪 曲がりくねった坂を下り終え、その先の住宅街の中にまっすぐと伸びる薄暗闇に包まれた道に弾丸のような速さで突入したぼくは、刹那ほどの時間だけ目を閉じて改めて静かに呼吸を整えなおし、無心に足を駆りたて、手を振り続ける。 …

第九章 - 猫の爪

前回の話:第八章 - 合図 ラゴはぼくの頭の中に合図を放つやいなや、ぼくの方には一切顔を向けずにバックパックをブンと振り回して背中に背負い直し、しかしぼくに背を向けたまま大きく右腕を振り上げ、ぼくの方に掌の甲を掲げて手を振った。それがぼくへの…

第八章 - 合図

前回の話:第七章 - 黒い恐怖 団地の周囲を取り囲む鉄柵も、そして外灯ポールも生い茂る草木も、まるで竜巻の只中にでもあるかのように縦横無尽に、今にもすべてが吹き飛ばされんばかりに激しく揺れ動いていた。外灯の明かりは切れかかる寸前のようにビカビ…

第七章 - 黒い恐怖

前回の話:第六章 - 孤独な蛙 かつてこの場所にあった黒木山を一部切り崩して建設された南黒町団地は、その背後に幾つもの低い山々が連なる町の外れの高台にあった。 団地のある高台の上へと続く大蛇のようにうねった坂をあがりきると、もう誰一人住むものが…