ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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年始の怪談

2018年1月1日、いつもよりも圧倒的に寝坊をして午前十一時にベッドから起き上がる。

 

昨夜、何をするともなく物思いに耽りながら夜中の三時過ぎまで起きていたことが原因だと思うが、今日特に起きなくてはならない時間など決められているわけではなかったので、眠りについた時間を考えれば寝坊ということにはならないだろう。

 

アイガーのように積み上げられた洗濯物の上部半分だけを洗濯し、部屋の片付けなどをしていたらすでに正午をまわっていた。朝起きてから、まだ一切のものを口にしていない。

 

この何年かは、元日を一人きりで過ごしている。当初はまともに手作りのおせち料理などを用意して朝から酒を呑むこともあったが、おせち料理というのはひとりで食べるものではないことに気が付き、今ではもうほぼ用意はしていない。

 

近所の商店で安い赤ワインを二本買ってきてからジョギングに出かける。空を覆う雲の所々に穴が空き、そこから透明な剣のような光が地上を突き刺しているのが見える。

 

途中、時々街中で見かける初老のホームレスの男性の姿を目にする。その風貌がホームレス風なのでぼくは勝手にホームレスだと思い込んでいるが、スマートフォンを持っていたり、なかなか洒落たダウンジャケットを着込んでいることもあるので、本当にホームレスかどうかは定かではない。今日、彼は路肩に七輪を置いて餅を焼いていた。

 

帰り際、薄曇りの空から光がさしてきたと思った瞬間、同時に雪がぱらついてきた。

 

帰宅後、ジョギング用のジャージ姿のまま食事の支度を始める。冷蔵庫にある煮物や酢の物や佃煮などの残り物、トマトソースをベースとしたキャベツとソーセージのペンネ、ハムエッグ、キャベツのサラダ、カンパーニュなど。おかしなバランスの食事だが、ひとりきりで場末の居酒屋にでもいったことを思い描きながら、黙々と準備をすすめる。

 

机に並べた食事は、どうやら二つのグループに別れている。ペンネとキャベツのサラダとカンパーニュのグループと、片や大根の煮物と柿の酢の物とハムエッグとアゴの佃煮のグループ、ぼくの行動は時として二重人格的な傾向が顕著に現れることがある。

 

すでに日が傾きかけている。

 

ベランダに干していた洗濯物を取り込んでからシャワーを浴びるために脱衣所に向かおうとすると、インターフォンのチャイムがなる。台所に戻り壁に設置されたモニターを覗き込むと真っ黒いマントを纏って真っ黒い頭巾を深々と頭にかぶった小さな老婆のような人物が俯き加減で玄関の前に立っている。

 

ぼくはモニターに映し出されたその人物を凝視しながら体を硬直させる。

 

しばらくしてモニターが自動でシャットアウトすると、再びチャイムの音が鳴りモニターに玄関の外の様子が映し出されるが、そこには先ほどの真っ黒い小さな老婆の姿はなくなっていた。

 

リビングに置いてあるスマートフォンから、地域の防犯メールの着信を知らせる音が鳴り響く。

 

送られてきた防犯メールには、奇妙なことが書かれていた。

 

「本日、黒ずくめの格好をした老人が、路上で子供たちの目をスプーンのようなものでえぐるという事件が発生しています。情報をお持ちの方は至急警察にご連絡ください。」

 

子供たちの目をスプーンでえぐってから、それを一体どうしたのだろうという部分が気になったが、ぼくはそのことを深く考えるのはやめて、玄関のドアにチェーンを掛けて、それからシャワーを浴びるために脱衣所に向かった。

 

窓の外から複数の子供の悲鳴のような声がかすかに聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

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月白貉