ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

 

大谷は団体施設の捜査内容に関して、これ以上のことは自分の完全な推測と想像の域を出ないので、結果としてはまったく根も葉もないような噂話でしかなくなるかもしれないため、その先のことについて更に深く言及するのはやめておこうと言い、小さなため息を付いてから再びグラスを傾けてワインを口から喉に流し込んだ。

 

「その施設は地下にかなりな広さの隠された空間を有していて、その地下に踏み込んだ際、その場所にいた数名の人間と巨大な猿に襲われた捜査員に多数の死傷者が出て、その後に自衛隊が招集された。まとめるとそういうことになる。施設の地下に空間があってそこに白骨化した人間の遺体が複数あったということは、その理由はともかくとしてまあ考えられなくはない。そういうこともあり得るだろう。その地下に教団の関係者が潜んでいて踏み込んだ捜査員が襲われるということも、可能性としてはあると思う。大狒町に自衛隊が招集されたというのも、捜査との関連性、目的や規模は不明だが事実らしい。これは近隣に住む住民から多数の問い合わせがあったことが一部裏付けている。ただ、巨大な猿が云々という話に関しては、おれからはなんとも言い難い。」

 

「その猿の話には、どの程度信憑性があるんだ?」

 

「わからないよ、巨大な猿だとしか聞いていない。それがゴリラだったのかオランウータンだったのか、あるいは実際にはなんだったのかはわからないし、その後のことに関してもよくわかっていないとしか聞くことはできなかった。つまり単なる噂なのか、重大な事実が包み隠されているのか。まず現実的な線で日本には生息していない大きな猿がそこにいたと考えても、そういった種類の動物を海外から日本に持ち込むことは違法だろう。詳しくは知らないが、国際条約か何かで厳しく規制されているはずだ。その団体が動物園とかサーカスとか、そういった何かの興行ビジネスのために動物を地下で飼育していたのか、極秘裏の薬物製造に絡んだ動物実験用だったのか、単純に個人の趣味なのか、いずれにせよ正規であれば登録が成されていると思うが、不法に輸入されたものだったのかもしれない。もうひとつは、日本でも野生に生息している猿だったという可能性として、捜査員が踏み込んだ時点の地下の状況は分からないが、照明のない暗闇においてそこで飼われていた大型のニホンザルに襲われたとしたら、そういった話も出るかもしれない。」

 

ニホンザルが、人を殺すだろうか・・・?」

 

「だから、この話は、あくまでもおれ個人の思いつく限りの想像だよ。可能な限り現実的な話に軸を置くように努めてはいるが、想像には変わりない。それに猿が殺したのかどうかもわからないし、本当にそんな事実があったのかもわからないんだからな。」

 

「ごめんごめん、そうだったな。」

 

「それともうひとつ、おまえが知りたがるかもしれないと思って爺ちゃんの検死結果に関しても可能な限りあたってはみたが、その件に関して詳しいことはまったくと言っていいほど聞くことは出来なかった。病院で爺ちゃんの顔は確認したのか?」

 

「いや、おれも、父も母も病院に搬送された直後は確認していない。状態がひどいからと言われて、ある程度の処置を施してからのほうがいいとすすめられて、その後おれは東京に戻ってしまったからな。」

 

「葬式の時は?」

 

「通夜と葬儀は、遺体のないまま済ませた。爺ちゃんは生前から死後の通夜も葬式もする必要はないと遺言に書いていたらしいから、それでも父と母が最低限のことをと言って、細やかな仏式での儀式は済ませたが、その時点では遺体は自宅には運ばれなかったし、検死解剖の後の話はおれはまだ聞かされていない。その後遺体がどう処理されているのかとか、焼かれたのかどうかも。」

 

「両親は聞かされたのか?」

 

「わからないが、今回の宗教団体のことも含めての父からの連絡では、検死の結果で異常なことが判明したとかなんとか・・・、ただ具体的に自殺なのか他殺なのか事故なのかということも、その後の遺体のことも父は言ってはいなかったし、おれもあえて聞いてはいないんだよ。今のところ表向きは、つまり爺ちゃんの知り合いには山での滑落事故らしいとかなり濁して説明しているから。」

 

「そうか。」

 

「うん、ただおれが気になったのは・・・、」

 

「ああ、なんだ?」

 

「おまえも知っていると思うが、爺ちゃんが調べていた地元の古い民俗信仰の話で・・・、」

 

「ああ、本も書いてたな、確か。地元じゃ変人だってもっぱらの噂だったことの理由のひとつはそれだろ。」

 

「うん、まあそうだろうな。おまえ、爺ちゃんの本読んだことある?」

 

「いや読んだことはないよ、地元の図書館には置いていあるって聞いてたけど。」

 

「今回のことがあって、おれ爺ちゃんの本を読んだんだ・・・、それで、おまえが今話してくれた内容に関係のあることがその本に書かれてて・・・、話を聞いていてなんだかやけに怖くなってさ。爺ちゃんがその宗教団体になにかしら関わっていたらしいと警察は言っているそうだし、なんだかものすごく嫌な胸騒ぎが・・・、」

 

「おれの話と爺ちゃんの本、どの部分が関係あるんだ?」

 

「巨大な猿だよ。」

 

 

 

月白貉