ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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キボシ神社

前回の話鬼の屍

 

『次はキボシ、キボシでございます。お降りの方はブザーでお知らせください。』

 

ぼくが座席の脇に設置されたブザーのボタンを押すと、運転手がバックミラー越しにぼくの方に目を向けた。

 

「お客さん、次で降りられますか?」

 

「あっ、はい、降ります。あの、次のバス停の近くに、キボシ神社という神社があると聞いたのですが・・・、」

 

「キボシ神社・・・?ああ、私はこの辺りの者じゃないですけ、ちょっと詳しいことはわかりませんがねえ、バス停のすぐ近くにね、昔の登山道の入口があって、その入口に古い鳥居みたいなものがありますねえ。もしかしたら、その上に神社か何かあるかもしれませんけど、私は行ったことがないんで、確かなことはわかりませんけどねえ。」

 

「そうですか・・・、なんだか窓の外を見る限りだと、人なんか誰も住んでいないような場所ですもんね・・・。」

 

「そうですねえ、このあたりはもう、過疎を通り越してねえ、ほとんど誰もいませんよ。時々ポツンポツンと見える家もずいぶん古いし荒れた様子だから、たぶんすべて空き家だろうしねえ。」

 

「そうですか・・・。」

 

「ほらあそこがキボシですよ、バス停のポールしかないでしょ、それでほら、あの奥に、山の下にね、鳥居が見えるでしょ、たま〜に、たま〜にって言ったって何年かに一度くらいかなあ、登山客らしい人がここで降りますけど、後はほとんど降りる人も乗る人もいないバス停ですよ。」

 

ぼくと吉田緑が料金箱に乗車賃を入れてバスを降りると、運転手は一言「バスの本数が少ないですけ、気を付けてね。」とだけ口にしてドアを締め、ゆっくりとバスを発車させた。

 

「うわっ、マジだ、本数少なっ!神狩さん、帰りのバス、あと四時間位来ませんよ・・・、大丈夫ですか、帰れますか!?」

 

「うん、さっきバス乗る前に見たよ・・・、まあ地方の山奥なんて、こんなもんだよ。まだバスが通ってるだけいいほうだと思うよ。」

 

バス停の周囲は緑色の影をたたえた低い山々がずっと先まで連なっていて、バスの時刻表が張られたポールと登山道入り口の鳥居以外には、人工的なものは一切見当たらなかった。

 

ぼくは事前にインターネットで調べてプリントアウトしてきたキボシ神社の大凡の場所の地図をバックパックから取り出して広げてみた。するとバスの運転手が言っていたように、キボシ神社は確かにその登山道入り口から程ない場所の山中に位置しているようだった。

 

「あの鳥居かあ・・・、こんなに天気いいのに、そしてまだ午前中なのに、あの不気味さ加減ですよ、でも、ちょっとワクワクしてきましたね!」

 

「ははは、確かにワクワクはしてきたね。じゃあ早速、まずはあの鳥居の下まで行こうか。」

 

「はいっ!行きましょう!」

 

吉田緑は軽くスキップでもするようにしてぼくの前を歩き出した。

 

「それでさっきの、鬼のミイラの話ですけど、」

 

「ああ、そうだね、まあ細かく話すと長いから簡単に言うけど、おれの祖父が趣味で集めてた骨董品のツボの中から、古い日本の地図みたいなものと絵巻物みたいなものが出てきたんだよ。あっ、祖父が亡くなって、その遺品を整理していた時にね。それが祖父が入れたものなのか、もしくは最初からそのツボに入ってたものなのかは、祖父が死んじゃったからわからないんだけど、ツボ自体はずいぶん古くて平安期のものらしくてさ、」

 

「平安っ!」

 

「うん、見た目はなんだかゴツゴツの自然石みたいで、絵も柄も何もなくて、さらに高熱で溶けたみたいに潰れているような形のツボなんだけどさ。でまあ、ツボ自体は古いは古いけどそれほど価値があるものではないって鑑定されたらしいけど、まあそういう鑑定も眉唾だけどさ、でも、その地図と絵巻物が気になったんで、それを祖父の知り合いの大学教授だったって人に見てもらったら、ちょっと変なことが書かれてるってことがわかったんだよ。」

 

「変なことっていうのは?」

 

「まず絵巻物には、ずっと昔に、まだ人間が生まれる前の時代に、空から船に乗ってやって来た鬼たちがいて、その鬼がね、地上にいた様々な生物に黒い団子の玉みたいな薬を飲ませて、より高等な生物に変化させたっていう話が書かれているらしいんだよ。まあいわゆる進化させたってことだと思うんだけど、その中の進化した生物のひとつが人間になったっていう話でさ。その後人間は、いわば自分たちを生み出した鬼たちを神だとして崇めたって。」

 

「それって、おとぎ話ってことですか?」

 

「まあそうとも捉えられるけど、それがある一箇所の土地だけの話じゃなくて、日本各地である時期にほぼ同時に行われたことらしくてさ、空からやってきた鬼は全部で九人いて、それぞれが日本各地に散らばって人間を生み出して、その土地その土地で形成された人間たちのグループがその鬼を自分たちの創造主である神として崇めてさ、そしてさらにその鬼の死後にも、鬼をミイラ化させて祠に祀って、以後ずっと崇め続けたって。」

 

「はいっ!ちょっとわかっちゃいました、その地図ってまさか・・・、」

 

「うん、その九人の鬼のミイラの祀られている場所が記してあるらしいんだよ。」

 

「マジすかっ!そのひとつがここってこと!?おとぎ話じゃないってことですか?本当ならちょっと凄すぎるけど・・・、そんな話、テレビでも観たことないですよ・・・。」

 

「当然まあ、作り話と言うか伝説的な昔話って最初は思うけどさ、その巻物と地図を見てくれた大学教授ってのが民俗学だか人類学だかを専門にしてて、もう引退してるんだけど、個人的にちょっと興味を示して、それからしばらく調べてたみたいなんだよ。家族の中でたまたまおれがその中継ぎ役で連絡をとってたから、その後も色々と話す機会があったんだけど、その内におれもちょっと興味が出てきてさ、もし地図に書かれている場所に、どれか一箇所だけでもさ、鬼のミイラがあったらって思ったら、ちょっと興奮しちゃって、自分でも少し調べてみようと思ってね。」

 

「そりゃあ、興奮しますよっ!」

 

「ははは、きみがそういうことに興奮する人でよかったよ。で、今回偶然にもここに来る切っ掛けが出来たから、その大学教授と一緒に下調べをしてさ、今日ついにここまでやって来たってこと。」

 

登山道入り口の鳥居に近付くにつれて、その鳥居がやけに巨大なものだということにぼくと吉田緑は気が付いた。

 

「神狩さん、あの鳥居デカくないすか!?」

 

「確かにかなりデカイね、周囲が山ばっかりだから距離感がよくわからなかったけど、バス停からの距離が思ったよりすいぶんあるんだね。」

 

二人は実際に鳥居の脚元まで到着すると、その圧倒的な巨大さに息を呑んだ。その鳥居の高さは軽く15メートルは超えるであろうもので、ぼくが今までに見たことのある鳥居でこの大きさのものは、明治神宮にある大鳥居くらいだった。造形自体は通常の鳥居に比べると明らかに原始的な趣があり、山に生えている巨木をそのまま引き抜いてつなぎ合わせたような荒々しさを持っていた。

 

「デカ〜っ!なんでこんな鳥居が、ほとんど誰も来ないような場所に建ってるんですかねえ、すごいなあこれ。この先に、完全にその神社ある感、ハンパないですよね!」

 

ぼくがその時ふと、あまり意味もなくズボンのポケットからiPhoneを取り出して画面に目を向けると、その場所は完全に圏外になっていた。

 

口を大きく開けて鳥居を見上げる吉田緑の体越しに、鳥居の奥に続く鬱蒼と草に覆われた道なき道のような薄暗い登山道から、やけに冷たい風が吹き下ろしてくるのが感じられた。

 

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月白貉