小説-短編
数年前の八月に起きた出来事をきっかけに、私も妻も、その後二度と花火大会には行かなくなった。 その年の夏は、雨がまったくと言っていいほど降らず、まさに地獄のような暑さだった。 市内の湖で毎年恒例の花火大会が行われるということで、私はその日、ま…
小学校が夏休みに入ってからまだ日も浅いカンカン照りの水曜日、ぼくが鮫島くんの家に着くと、いつものメンバーがいつものような顔を並べて、居間の畳に座ってお菓子を食べたりこぼしたりしながら、小さなブラウン管テレビを取り囲んでファミコンをやってい…
ぼくが小学三年生の時の話。 夏休みを目前に控えたある日、二時間目の国語の授業が始まってすぐに、渡辺くんが手を上げてトイレに行きたいと言い出した。 おそらくは大きい方だったと思うのだが、渡辺くんが顔を真っ赤にして、椅子から腰を浮かせて体をモゾ…
風が止んで茹だるように暑い夏の昼下がり、私は妹と一緒に近所の古い鎮守様の境内で、本殿の床下に山ほど築かれた蟻地獄に蟻や団子虫を落として遊んでいた。 太陽の光がカラカラと木陰に舞い落ち、蝉がその光に合わせてケラケラと笑う。 「おねえちゃん、ア…
この話は、都内某所にある、ありふれた階段にまつわる怪談の十五話目です。前の話を読みたい方は、以下のリンクから、どうぞご自由に。 小野さんという女性に電話をかけてから十五分ほど過ぎた頃だろうか、彼女が大きく手を振りながらぼくたちの座る席に駆け…
「よくさあ、テレビの心霊番組なんかで、壁から女が出てきたとか、天井から子供の顔だけが覗いてたとかいう話が出てくるけどさ、幽霊って、そういう物質を通り抜けちゃうものなの?」 野田は酒を飲みだすと、いつも決まって幽霊とか妖怪とか伝説とか、そうい…
「ねえねえ、隣の店の電気まだ点いてるよ、大丈夫なの・・・?」 「いや、あれは防犯灯だって、もう午前0時を過ぎてるんだよ、コンビニじゃないんだから、あんな店なんか今の時間やってるわけないだろ。」 「だって通報されたら犯罪者じゃん、やだよ、警察…
噂というのは大抵の場合、それが広がれば広がるほどに、口伝えになればなるほどに、誰かの手垢に塗れれば塗れるほどに、大本の事実からはまったく別の姿に変形してしまい、あるいは違う色で塗り固められてしまう。 だから実際には原型の数パーセントほども、…
一週間ほど前から下腹部に鈍い痛みがあった。 このところ仕事が忙しい上に社内での揉め事が多く、すいぶんと精神的なストレスも溜まっていた。それを洗い流すかのように、毎晩のように営業主任の高橋さんと仕事終わりに大酒を喰らっていた。 「このあいだか…
朝起きると、居間のテレビの上に置いてある宝船の七福神がすべていなくなったと言って、祖母が騒いでいる声が階下から聞こえた。 「ミホさん、ミホさん、テレビの上の七福神さんが、みんないなくなってるけれど、どうしたのかしら!?」 町内会の旅行でどこ…
坂本から夜遅くにメールが届いた。 - ポケモンGOのポケモンにおかしな種類いるけど、川田これ知ってる? - 添付された写真を見てみるとコダックの色違いのようで、体の色が少し赤みがかっていてブツブツした斑点のようなものが付いている。さらに片方の目が…
毎月のついたちになると、きまって奇妙な白い毛玉のようなものを見かける。 見る場所は定まっていない。朝の出勤途中の路肩のゴミ置き場にいることもある。駅のホームの一番端の暗がりにいることもある。公園の砂場や、コンビニの駐車場や、自動販売機の脇や…
花火は好きだが、花火大会なんてもので、わざわざ怒涛の如き人混みに洗われながら、もみくちゃになりながら、空に散る花火なんか見ても、ひとつも楽しいものだとも、美しいものだとも思えない。 「あの橋のね、欄干にこうやって、ちょいと肘なんか掛けて見る…
自宅の庭にある家庭菜園に、人間の成人男性を遥かに超える大きさの、蟷螂のようなものが立っているのを見たのは、もう真夜中を過ぎた頃だった。 寝苦しい熱帯夜に揺り起こされて徐ろに目を覚まし、暗闇に包まれた部屋の中を、病院内をヨタヨタと歩く重病人の…
この話は、いつかどこかの真夜中の、普通の階段にまつわる怪談の十四話目です。前の話を読みたい方は、以下のリンクから、どうぞご自由に。 大通り沿いの目についたガストに入ったぼくたちは、クーラーの効いた店内のソファーに、三者三様にため息をつきなが…
この話はおそらく、真夜中の階段にまつわる怪談の十三話目くらいです。前の話を読みたい方は、以下のリンクから御覧ください。 占い師の老婆は、その日姿を現さなかった。 ユカさんの話だと、その老婆は石神井公園の一角に、ボロボロの小さな木製の丸テーブ…
夜明けを少し過ぎたある夏の日の朝、目を覚ますと、ベットの隣で香澄がうつ伏せになって、苦しそうにカタカタウーウーと音を立てている。 どうやらいつもの偏頭痛が激しく襲いかかってきているようで、身動きはまったくしないが、体内のモーター音だけが唸り…
その日、ぼくの目に映った東京の街は、もうすでにまったく見慣れたものではなくなっていて、どこか見知らぬ場所に迷い込んだような気がして、少し心細かった。 東京を離れてから、もう五年の月日が流れた。 たくさんのものをこの場所に置き去りにしてしまっ…
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、もっと誰かに読んで欲しいんですが、普通の階段の話なんですよね。 「川ちゃん、今日この後予定はあんの?」 ユカさんは三階の事務所に用事があるからといって二階フロアの奥にある階段を昇って…
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、猫たちにしか見えていない、普通の階段の話ですがね。 ユカさんは、テーブルの上に置かれたグラスの烏龍茶を、ストローを使ってすごい勢いで一気に飲み干した。そして「は〜っ。」と言って大きな…
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、誰かしらが時々読んでいる程度の、普通の階段の話ですがね。 ダイキさんが「飲み物持ってくるわ、川ちゃん何がいい?」と言ったので、ぼくは「じゃあ、ジンジャーエールでお願いします。」とこた…
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、誰にも読まれていませんし、普通の階段の話ですがね。 「川田くん、昨日の今日でほんとごめんね・・・。で、早速で悪いけど、二階の個室でちょっと話そう。」 カラオケボックスの営業は、午後一…
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、特に何の変哲もない、しかし本当は怖い、普通の階段の話ですがね。 ダイキさんが玄関のチャイムを鳴らしたのは、その二十分ほど後のことだった。 「わりいな、休みの日なのに・・・。なんかちょ…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、ほとんど誰も昇り降りしないような、普通の階段の話ですがね。 バナナの最後の欠片を口に含んだまま、ぼくはすぐにバックパックを背負い、ダイキさんとユカさんの家を後にする。 ポケ…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、ほとんど誰にも読まれていないような、普通の階段の話ですがね。 ビールのアルコールで神経の高ぶりが緩んだのか、急に激しい睡魔が襲ってきた。 「ダイキさん、すいません、ぼくもう…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。 ぼくはその日、ダイキさんとユカさんが暮らす二階建ての古い借家に泊まることになった。 土曜日は店にとっては週の中でも一番の稼ぎ時であり、つまりは一番の忙しさでもある。だからいつも…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。いまは午前10時、陽も高々と上がっている時間ですから、もうすでにお読みのことと思いますがね。 店の入口の前の道路には、ユカさんのお父さんが所有している黒のワンボックスカーが横付けし…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、いまは午後0時、昼の日中ですから、もうすでにお読みのことと思いますがね。 店長の名前は伊坂ユカ、ご亭主の名前は伊坂ダイキ、二人ともぼくより少し年上で、ユカさんが働くこのカラ…
まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、もう午前0時ですから、草木も眠りますし、誰も読んでいるはずがありません。 「電気・・・スイッチ・・・付け直してみたら、どうかな・・・。一回消して、また付け直してみたら・・・…
数十年、日本で生きてきて、スーパーヒーローに助けられたことがない。 数十年も生きていれば、小さいトラブルも大きいトラブルも、スーパーなトラブルもあるのが、人生というものだ。 だから時には、アメリカ映画に出てくるようなスーパーヒーローが、困難…