ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第五話『ゼロの部屋』- 午前0時の、誰も読まない、階段の怪談 -

まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。

 

 

ぼくはその日、ダイキさんとユカさんが暮らす二階建ての古い借家に泊まることになった。

 

第五話『ゼロの部屋』- 午前0時の、誰も読まない、階段の怪談 -

 

土曜日は店にとっては週の中でも一番の稼ぎ時であり、つまりは一番の忙しさでもある。だからいつもであれば店でのアルバイトを終えて家に帰ると、シャワーも浴びずに布団に潜り込みたいほど疲れ果てているのが常だった。けれどこの日は異常なほど神経が高ぶってしまっていて、眠気どころか疲れさえも、まったく感じていはなかった。

 

「あたしは明日、じゃない、もう今日なんだ・・・、午前中から不動産の方の仕事があるから、もう眠るね。川田くん、今日のことは、また後日ゆっくり話すよ。シャワー浴びたければ浴びてね、後のことはダイさん、よろしく。まあ君たちは、明日はお休みなんだろうから、ごゆっくり。じゃあ、おやすみ。」

 

ユカさんはそう言って、二階に上がっていってしまった。ダイキさんは「おやすみ。」と言いながら台所にある冷蔵庫の中を漁っている。階段を登ってゆくユカさんの後ろ姿に、ぼくも「おやすみなさい。」と声をかける。ユカさんはこちらを見ずに軽く手を振った。

 

「川ちゃん、寝るのはここのソファーでいいかな?」

 

ダイキさんが350mlの缶ビールを二本持って台所から戻ってきた。

 

「あっ、はい、まったく問題無いです、ここで、いいです。なんか、すみません・・・こんな遅くにお邪魔しちゃって・・・。」

 

「いやいや、オレたちが連れてきたんだから気にしなくていいよ。もう寝る?おれはちょっとビールでも飲むけど、川ちゃんも飲む?」

 

「あっ、じゃあ、頂きます。」

 

外からは、種類はわからないが、なにか虫の鳴き声のようなものが聞こえている。コオロギだろうか。

 

「じゃあ、まあ、おつかれ!なかなか大変な夜になっちゃったな・・・。でも、ひとまずは、解決って感じだろ。まだなんも聞いてないけど、だいたいのことはわかるよ。店閉める直前の二時過ぎ頃に、階段を降りてくる足音がして、何かが一階に降りてきた、そうだろ?」

 

「前にもあったんですか・・・?同じようなことが・・・。」

 

「うん、ユカは何度も何度も、嫌になるほどあったみたい。だからあんまり遅くまでは、店に残りたがらないんだよ。オレがまだあそこでバイトしてる頃も、他のバイトのやつはけっこう体験してたみたいで、怖い怖いって言ってた。それが原因で辞めた奴もいた。ちなみにオレは、それ、まだ体験したことないんだよな、いつも深夜まで残ってたんだけどな。」

 

「そうですか・・・、あっ!小林くんは、大丈夫なんですかね・・・。」

 

「あ〜、どうなんだろう・・・でもさっきユカが電話で話したって言ってたよな。あいつ、先に帰ったんじゃなかったの?オレたちが行った時には、もう店にはいなかっただろ、あいつ・・・?。」

 

「いや・・・一緒にいました・・・一緒にいたはずなんですが・・・。足音も一緒に聞いたし、それで二人とも怖くなって、そしたら小林くんがゼロに入って歌おうって言い出して・・・いや・・・でも部屋にいた小林くんがちょっとおかしくて・・・いや・・・途中からよくわかんないんですよね・・・正直・・・。」

 

「そっか・・・。ユカが言うには、あのゼロもちょっと怖いって。

 

部屋の名前も嫌だって言ってるよ。社長はさ、一階にはあの一部屋しかないから、0番でいいだろってことで部屋番号を付けたらしいんだけどな。」

 

店の個室にはすべて部屋番号が割り振られていた。一階にある団体用の部屋が0番、二階にある八部屋がそれぞれ一番から八番、二階の部屋を呼ぶ場合には「いちばん」とか「ななばん」とか呼んだのだが、

 

一階の部屋だけは「ばん」を略してゼロと呼んでいた。

 

「小林にはおれも後で電話してみるよ、今は流石にもう時間が遅いからさ。」

 

「あっ、そうだ、小林くんから、着信があったんだ・・・。」

 

ぼくはバックパックから携帯電話を取り出して、小林くんの着信履歴を確認してみる。着信の時間は午前二時ちょうど、ぼくがまだ小林くんとカウンターの中にいたはずの時間だった。小林くんは仕事中にも携帯電話をズボンのポケットに入れていたから、何かのはずみで発信を押してしまったということも考えられた。けれど・・・。

 

あの時ぼくとカウンターの中にいた小林くんは、本当に小林くんだったのだろうか。

 

お題「怪談」

 

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月白貉