ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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午後0時なので、誰かしら読むであろう、本当は怖い普通の階段の怪談。

まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、いまは午後0時、昼の日中ですから、もうすでにお読みのことと思いますがね。

 

 

店長の名前は伊坂ユカ、ご亭主の名前は伊坂ダイキ、二人ともぼくより少し年上で、ユカさんが働くこのカラオケボックスで、ダイキさんがアルバイトを始めたことが馴れ初めで、ダイキさんはまだ大学に在学中だったのだが、ほんの数ヶ月前に結婚したばかりだった。

 

「蛍光灯、普通に点くんだ・・・。」

 

午後0時なので、誰かしら読むであろう、本当は怖い普通の階段の怪談。

 

ぼくは部屋の中を真っ白に照らす八つの蛍光灯を、ちょっと怯えながら見上げた。

 

「とりあえずもう今日は遅いしさ、川ちゃんはウチにおいでよ、ちょっとひとりで家に帰すもの心配だからさ。」

 

ダイキさんはそう言って、ユカさんの顔を覗き込んで「なっ?」と言った。ユカさんは誰かとの通話中の携帯電話に向かって「ちょっとまってね。」と言って耳から電話を離し、ぼくに笑顔を向けてウンウンと頷いた。

 

「うん、そうしなよ。川田くんは明日学校はないんでしょ、あ、もう今日だけどさ。別に何もおもてなしは出来ないし、散らかってるし、猫が二匹いるけどね。あと、ダイさんも言ってるけど、このままひとりきりになるのは、ちょっと危ないから・・・。」

 

いったい何が危ないのかぼくにはさっぱり分からなかったし、いったい小林くんはどこに行ってしまったのかもさっぱりわからなくて、ずいぶん頭が混乱していた。そして、先程までの恐怖が、まだ体に染み付いてしまっていて、部屋を出た後も、店内のあらゆる暗がりや窓が気になって仕方がなかった。ユカさんは誰かとの通話を終えると、個室の戸から顔だけを中に突っ込み、真剣な顔でグルグルと部屋の中を念入りに見回してから「よしっ。」と言って、部屋の電気を消して戸をバタンと勢いよく閉めた。

 

「まずは、家に帰ろう!」

 

ぼくがカウンターの前で、いまだに半分放心状態で立ち尽くしている中、二人は手際よくカウンター内を片付けたりガスをチェックしたりして、店を閉める準備を進めている。ぼくがまだ売上を三階の事務所の金庫に入れていないことを思い出して、「あっ、まだ売上が・・・、」と口に出すと、ユカさんはすでにそのことは承知しているようで、こちらに向けて売上の入った袋と伝票の束を手に持って、ブラブラと振って見せた。

 

「きょうは、いまから三階まで、これ置きに行くのはぜったい無理。怖すぎるし、たぶん危なすぎる。ダイさんでも無理だし、あたしでも、完全に無理。」

 

「なんで・・・無理なんですか・・・?」

 

「それは、帰ってから話してあげる。ひとまずは早くここ出よう。」

 

「はい・・・。」

 

「ユカ、全部オッケーだよ!」

 

「よし、じゃあ帰るぞ、川田くん、行こう。」

 

ユカさんは、ぼくのことを気遣って明るく振舞っているようだったが、その笑顔の裏には、何かずいぶんこわばったものを隠していると、そう思った。

 

お題「怪談」

 

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月白貉