第十五話『占いババ』- 午前二時の、ありふれた階段の怪談 -
この話は、都内某所にある、ありふれた階段にまつわる怪談の十五話目です。前の話を読みたい方は、以下のリンクから、どうぞご自由に。
小野さんという女性に電話をかけてから十五分ほど過ぎた頃だろうか、彼女が大きく手を振りながらぼくたちの座る席に駆け寄ってきた。
「ユカ〜っ!!」
小野さんは白地に薄い水色のラインが入ったテニスウェアを着ていて、水色のサンバイザーを深々とかぶっていた。身長は165センチくらい、とても色白で足がスラッと長く、全体的に引き締まった体つきをしている。そしてとてもボーイッシュな気持ちのよい雰囲気を醸し出している。
「小野、久しぶり!その格好はなに?テニスでもやってたの?」
「テニスでもじゃなくて、テニスを、やってたんですよ、テニスを。ダイさんも久しぶり!」
「おう、久しぶりだな。」
小野さんは滑りこむようにしてぼくの隣のソファーに腰を下ろすと、サンバイザーを外してぼくに「こんにちは、はじめまして!」と挨拶をした。小野さんの体からは何か爽やかな果物のような香りが漂っている。
「彼はアルテミスでアルバイトをしてくれてる川田くん、そんで彼女が、あたしの高校の時の同級生の小野です。」
ユカさんが二人に代わって自己紹介をしてくれる。
「はじめまして、川田です。」
「小野です、よろしく!へ〜、アルテミスってまだ潰れずにやってるんだね。」
「失礼な、潰れてませんよ。」
ダイキさんが低い声で笑っている。
「今日はどうしたのこんな所までみんなで来てさ、あっ、さっきのことか、石神井ババか、さっき電話で聞いたね。」
「石神井ババって言うの、あの人?」
「いや、今あたしが勝手に言ってるだけだよ、ははは。占いババって言ってる人はいるみたいだけどね。」
「ドラゴンボールだな!」とダイキさんが楽しそうに割って入る。
「でね、来て早々だけどさ、さっきの話を・・・、あ、小野何か頼む?」
「じゃあ、ドリンクバーでいいや。」
「おれが頼んどくよ。」と言って、ダイキさんはテーブルの呼び出しボタンは押さずに、近くにいた店員に手を挙げた。
「でね、さっきもちょっと話したけど、あの占い師のお婆さんにもう一回見てもらいたいことがあるのよ。それで今日はここまで来たんだけど、公園中探してもいなくてさ・・・。それで小野に、地元だから何か知ってるかなと思って電話したわけ。」
「なるほどね。そうそう、さっきもちょっと言ったけど、最近はあのババ自体はね、公園ではほとんど見かけないんだよ。いるにはいるらしいんだけど、前よりもぐんと出現率は下がったらしい。で、これもさっき言ったけど、どうやら弟子みたいな若い男性がいてさ、別に一緒に手をつないで公園に出現するってわけじゃないらしいんだけど、これはウチのママから聞いたんだけどさ、その弟子も占い師をやってて、紹介制か何かでコンタクトをとると、どっかの喫茶店で見てくれるって。ただ実際のところさ、噂の域を出ない話なんだよね・・・あたしはそんな話、まったく知らなかったしさ、ママがどこでその話を聞いてきたのかも知らないし。」
「紹介制か・・・、その話の出処、お母さんに確認できるかな?」
「うん、ママ携帯持ってないから、すぐじゃなければ確認して連絡はできるよ。今日の夜とか?」
「わかった、そうしてもらえると助かるよ。」
「おっし、わかった!じゃあ、あたしちょっとお手洗い行ってからドリンクバーで飲み物取ってくるね。」
小野さんはそう言って席を立った。
小野さんがトイレに向かう後ろ姿を何気なく見ていたぼくは、トイレの脇にある喫煙席のスペースにおかしな客がいることに気が付く。それは頭に真っ黒いスカーフをかぶった老婆で、複雑な花柄の付いた紫色のワンピース、見ようによってはマントのようなものを体に纏っている。そして手には普通のタバコではなく、ネイティブアメリカンのシャーマンが儀式で使うような、ゴリゴリした形の木彫のようなパイプを持ってふかしている。店に入った時には、確かあの席には誰も座っていなかったと思ったのだが、ちょうどトイレにでも行っていたのだろうか。
と、その時ぼくの頭の中に小さなライトがピコンという明確な音を立てて点った。
「ユカさん・・・あれ。」
ぼくはその老婆の座っている方を、目を使って指し示す。
ユカさんは「あっ!!!」と言って大声をあげてから、口に手を当てて周りを見回しながら肩をすくめる。
「まさか占いババ、ガストに出現ってオチじゃないよな・・・、ユカ、あれか?」
ダイキさんがユカさんの耳に口を近づけて囁くと、ユカさんは何度も大きく首を縦に振った。
月白貉