小説-短編
毎夜毎夜、あの夢に出てくる同じ場所はどこなのかということを、朝食を終えたばかりのテーブルに肘をついてしばらく考えてみる。 娘のチエが、テーブルの上の茶碗や汁椀や皿を、妻のアヤカが洗い物をしている流し台へと、少しずつ少しずつ運んでいっている。…
「まずねえ、細かいことをどうこう説明する前にだよ、まず一番目の話だけれど、私が何をしにここまでわざわざ来たのかを言うよ、いいかい、あの裏山の穴を、閉じにいく。たったそれだけのことだよ、シンプルでいいだろ。そしてねえ、そんなことはセコさん、…
ぼくがかつて通っていた山間部にある小学校は、当時でも全校生徒数がわずか三十人足らずの、全国的にみてもごく小規模なものだった。 その小学校は、当時はずいぶんと年季の入った古い木造の校舎で、ぼくの父の頃から、なんだったら祖父の頃から、すでにその…
毎日の日課である犬の散歩の途中、近所の神社の裏手にある鎮守の森と呼ばれている場所の遊歩道を歩いていると、いつも通りかかる一本の大きなスダジイの根元の少し上の窪んで穴のようになった辺りの奥に、何か真っ赤な塊がひっそりと隠れるようにして張り付…
「じゃあ、ユウ、もう行くけど、何か帰りに買ってくるものあるかな?」 「あっ・・・、いってらっしゃい、えっと、買ってくるものは・・・、えっとねえ。」 「斧とかそういう重いものは、持てないから無理。」 「えっ、斧なんかいりませんよ・・・、いや、お…
「・・・というのが、まあ簡単な就業規則です。で〜、あとはね、具体的な仕事のやり方は、その場その場でね、覚えてもらいますから、まあ難しいことはあまりないし、大丈夫でしょう。」 ぼくがその大型スーパーマーケットのホームインテリア売り場でアルバイ…
私は数年前に、臨時に引き受けた仕事の都合で、人口約四百人ほどの山間の小さな町に住んでいた。 人口四百人といえば、日本の中でも過疎と呼ばれる部類に入るレベルだと思うのだが、実際に住んでみるとおそらくは四百人という数でさえ多く見積もられているよ…
二十八日の午前中、ぼくの住む〇〇市内の、現在は空き地となっている神社跡の裏の山中で男性の遺体が発見されたという事件が、インターネットのニュースサイトにトピックとして浮かび上がっているのが目に入ってきた。山に散歩に訪れた近所の老人から、「首…
私は若い頃から神社や仏閣を見て回るのが好きで、まあ好きというと多少語弊があり、確か二十歳を過ぎた頃からだったかと記憶しているが、たとえば日々の散歩や旅先での散策の折に、神社や仏閣、あるいはそれらしき気配のする場所を目にすると、それがたとえ…
目から大玉の涙を流してヒャクヒャクと咽び泣きながら、娘のサエが家の中に駆け込んできた。 「ど、どうしたのっ、ほら、こっち来なさい、いったいどうしたの?」 台所のテーブルで椅子に座って珈琲を飲んでいた私の脇腹めがけて飛び込んできたサエは、私の…
朝、妻に「もう起きられますか?」と体を揺り動かされて片目を開けて、「ああ。」と声をあげると枕が寝汗でグシャグシャに湿っていて、沼にでも反り返って寝ていたのかと思う。 眠い目を擦りながら、昨夜の深酒を呪いながら、二三度グリグリと体をよじらせて…
ぼくがナツミに初めて出会った時、このこはどちらかと言えば世間知らずでちょっと天然で、でもすっごく気が強くって力持ちな女の子なんだろうなあ、といった風がぼくの印象で、彼女のことを好きになった今でも、まったくそういったぼくの彼女への印象は変わ…
ぼくの書いているウェブログにある日、不可思議なコメントが寄せられた。 ぼくのウェブログの設定では、コメントを受け付けるのはそのサービスのユーザーに限定しているし、さらにはコメントを承認制にしている。つまりはある程度の限定された人々からのコメ…
「ねえ、今日さあ、夏休みっぽいことしたいよ。」 ナツミが部屋の床に寝転がって天井を見上げながら、ブツブツと何度も何度もそう言って少しスネたような顔を浮かべている。ぼくはテーブルの上に置かれたノートパソコンと向い合って自分のウェブログの更新記…
毎晩、夢をみる。 晩だけではなく、明け方やちょっとウトウトした真昼のこともあるけれど、まあいずれにせよ夢をよくみる。これは多くの人に言えることかもしれないけれど、なんとなく夢をみたことは覚えていても、その詳細、夢の中で見たことや聞いたこと、…
「あの都内のど真ん中の有名な廃ホテルさあ、この間おれの学科の先輩が夜、見に行ったんだってさ・・・、そしたらやっぱりトンデモナイ迫力だったってよ!」 あれは、たしか私が大学三年の夏休みのことだったと思う。 高校時代に仲の良かった友人二人と久し…
ぼくの家の近所には、地元ではケムリガワと呼ばれる小川が流れている。 いちど、ぼくがまだ若い頃に、その名前の由来を祖父に聞いてみたことがあったが、まったく知らないと言っていた。昔からそう呼ばれているが、私もよくわからないと、そう言っていた。 …
小学生の頃の話である。 ぼくの学校では、クラス内の生徒が四、五人を一塊としたグループに分けられていて、例えば給食当番だったり、壁新聞の制作だったり、あるいは課外授業の班だったりを、そのグループのメンバーを軸として、一緒に行動させられていた。…
「さて、今日はですね、地元ではちょ〜有名で、そして〜、ちょ〜ぜつ危険だと言われているスーパーな最恐心霊スポット!ここ〇〇市にある踏切に来ています!!!ちなみにですね、この時間にはもうこの踏切を通る電車は終電を終えているので、電車がこの踏切…
ぼくが小学生の頃だったと記憶しているが、学校でコックリさんというものが大いに流行ったことがあった。 コックリさんとは一種の占いのようなもので、一枚の大きな白い紙を用意して、その紙に鳥居の絵と五十音、零から九までの数字、そして「はい」と「いい…
「川田さん、ぼくね、最近引っ越したんですよ。」 私の職場の後輩で、と言っても部署はまったく違うのでほとんど面識はなかったのだが、会社主催のとあるイベントでの打ち上げの際に、会場に置き忘れてきた私の名刺入れをたまたま見つけて届けてくれたのが切…
中学の時からの友人だった佐々木が結婚をして新居を建てたという知らせが、共通の友人である吉野からフェイスブックのメッセンジャーで送られてきた。 仕事の都合で地元から遠く離れた土地に移住していた私は、事情があってなかなか里帰りが出来ず、佐々木に…
私の田舎にある実家の裏には、今では名前も無くなってしまったような小さな山がある。 あるお盆の年に、実家に帰省した私が家族で酒盛りをしていると、同じく実家に帰省していた妹の夏美がその山のことを話題に上げた。 「ねえねえ、お兄ちゃんさあ、裏山の…
「駄目だ駄目だ、今日海なんか行ったら駄目だよ、危なくってしょうがないよ。」 早朝に実家に到着した私と妻と息子は、まだ午前中だというのにギラギラと殺人的な熱と光を放って照りつける太陽の下、私の両親と祖母と共に実家のすぐ側にある先祖の眠る墓に向…
ぼくがちょっとした用事で、少し遅れて赤羽のいつもの焼き鳥屋に到着すると、店長は店先のいつものドラム缶をいつものように陣取っていて、でも飲んでいたのはいつものホッピーではなく、珍しく瓶ビール、銘柄はSAPPOROだった。 「すいません、遅くなっちゃ…
私が妻に軽く揺り起こされて目を覚ましたのは午前九時を少し回った頃だった。 「はいはい、天気がものすごくいいから、シーツ洗わなきゃいけないからね、いつまでもシーツと戯れてたら洗えないでしょ。」 「うん・・・、あっ・・・、わかったごめん、起きる…
第一幕『昼』 季節がひとまわり。 久しぶりにこの場所に来てみる。風が気持ちよい。ずいぶん前にここに来た時にも、風が気持ちよいと、そう言ったことを思い出す。そして風が気持ちよい時には、いろんなことがうまくいくはずだけれど、果たして。 一年が過ぎ…
夕暮れ時に家に帰ると、玄関の靴入れの上に、A4サイズのボロボロに使い込まれたようなノートが置いてあった。 まったくブランド名などは記されていない無地のものだったが、表紙の中央には黒くて太いマジックで『理論と実践』という文字が、子供の落書きのよ…
それはもう、三十年ほど前の話になるだろうか。 子供の頃というのは、日常的な生活の中で不可思議なものを見たり、奇妙な気配を感じたりといったことがしばしばあるのは、誰しも同じだと思う。 その理由には様々あるだろうが、大人に比べて感覚が研ぎ澄まさ…
この話は、午前二時になると何かが降りてくる、どこにでもある普通の階段にまつわる怪談の十六話目です。前の話を読みたい方は、以下のリンクから、どうぞご自由に。 ユカさんは、ぼくとダイキさんの顔を交互に何度か見て、それから目を瞑ってソファーの背も…