ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第六話『ピカチュウ』- 午後0時の、ほとんど誰も読んでいない、普通の階段の怪談 -

まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、ほとんど誰にも読まれていないような、普通の階段の話ですがね。

 

 

ビールのアルコールで神経の高ぶりが緩んだのか、急に激しい睡魔が襲ってきた。

 

「ダイキさん、すいません、ぼくもう寝ていいですか?」

 

「おう、すまんすまん、じゃあオレも寝るか、シャワーはいいの?」

 

「はい、大丈夫です、なんか急にすっごい眠くなっちゃって・・・。」

 

「おう、じゃあここは電気消すぞ、おやすみ。」

 

「はい、おやすみなさい。」

 

ダイキさんが階段をあがる後ろ姿がぼやけてゆく景色を最後に、ぼくは深い眠りに落ちていった。

 

目が覚めると、窓から差し込む陽の光が部屋中を照らしていた。家の中には人の気配はない。テーブルの上においた携帯電話を見ると、午前十時を過ぎたところだった。そして、ぼくの携帯電話の横には、ピカチュウの小さなぬいぐるみと紙切れが置かれていた。ピカチュウの背中から伸びるチェーンには鍵が付けられていて、紙切れには書き置きがされていた。

 

ー 川ちゃんへ おはよう。オレもユカも先に出かけます。家の鍵を置いておくので帰る時に玄関を閉めてください。鍵は、月曜日にでも店に来た時に、ユカに返してください。 朝飯は用意してないけど、冷蔵庫にバナナが入っているから、よかったら食べてね。 ダイキより ー 

 

ピカチュウを手に持って握り締めると、「ピカ〜!」と声を上げた。

 

ぼくは、ピカピカしゃべるピカチュウを左手に握ったまま、ソファーに座り直して携帯電話の着信履歴を確認した。やはり午前二時ちょうどに、小林くんからの着信がある。少しためらってから、フウと一回息を吹き出して、小林くんの番号に電話をかけてみる。

 

「プルルルルルルルル、プルルルルルルル、プルルルルルルル、ガチャ、留守番電話に接続します。発信音の後に、おなまえ・・・・」

 

ぼくはメッセージは残さずに電話を切る。もう一度だけかけ直してみるが、結果は同じだったため、やはり留守番電話にはメッセージを残さずに、電話を切ってしまった。左手に力を入れると、ピカチュウが「ピカ〜!」と声を上げた。その声で、少しだけ気が紛れた。

 

ピカチュウをテーブルに戻し、台所に行って冷蔵庫を開けると、たしかにバナナが一房入っていた。ぼくはそこから一本、いちばん黒ずんでいたバナナをもぎ取って皮を剥く。口に含むと、なんだか懐かしい味が口の中に広がった。東京で一人暮らしをはじめてから、果物を食べる機会はずいぶんと減った。一人暮らしの貧乏な大学生には、朝食のためにわざわざ果物を買ってきて食べるような優雅さも、そして金銭的な余裕もなかった。もちろん果物のすべてが手の届かないような高級品というわけでもなかったし、缶ビールやスナック菓子を買うような金があれば、それを果物に回したほうがどんなにか有意義だったかもしれない。けれど、大学生なんてものは往々にして、果物なんかよりも、おかしなフレイバーのポテトチップスに金を使うようになっている。世界はそうやって回っているのだ。

 

お題「怪談」

 

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月白貉