ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

小説-吸血鬼

トランシルヴァニアのドラキュラ城に民泊できるらしいよ、ハロウィンの日に。

ずいぶん昔の話だけれど、ぼくはアメリカのアイオワ州で、とある一般家庭に一ヶ月間ホームステイしたことがある。 まあ海外のホームステイって、ケースによってはけっこうトラブルも多いと聞くが、ぼくがホームステイした家庭は、当時通っていた学校の英会話…

青白き顔の男

「ときに、白酒さん、あなた、いったいなぜ、生きるんですか?」 その笑顔と、そして切れ切れの言葉とともに、浦島さんの口から溶けたチョコレートのような血が溢れだした。浦島さんの体は雨粒が刃となって降り注いだように切り刻まれていて、その傷から流れ…

パドル・オブ・クロコダイル

山奥の誰もおとずれなくなった骨董品店がなぜそんな風に呼ばれているのか、いちどだけ木神さんに聞いてみたことがあった。 木神さんは、いまは使われなくなった町へと続く旧道に入る手前の県道沿いで小さな商店を経営している83歳の老人で、この地域ではいろ…

光と闇の番人

背後から現れたのは、真っ白いコートを身に纏った白髪の男性だった。 ぼくには、その男の顔が、浦島さんにしか見えなかった。 気が動転して幻覚を見ているのかとも思ったが、ぼくの横の真っ赤な水たまりに転がっている切断された浦島さんの首と、髪の色は違…

未熟な煙

東京都渋谷区、午前二時四十五分 「ずいぶんと顔色が悪いねえ、もと同僚としては心配だなあ、ご機嫌いかがですか?」 あるものは腕を失い、あるものは片足となり、そしてあるものは到底人間の形とは思えないほど四肢を切り刻まれ、そしてなぎ倒されて血みど…

原初の男

東京都渋谷区、午前七時十三分 「あなたに、あの男のことをお話する必要があります。 少なくともこの騒動を収めるまでに一度は、少なくとも一度は、私たちが相対せざるを得ない存在です。」 地下へと向かう古びたエレベーターの中は、狭くて薄暗くて、何より…

創造主

「お前たちは貪り食うだろう、ちがうか。」 あの男は、あるいは「ファースト」と浦島さんが呼ぶ人物は、彼はすでにぼくと浦島さんの背後に立っていた。 気付かれないように裏をかいたとか、姑息に忍び寄ったとか、そんな次元を遥かに超えていた。もう何十年…

銀色の正義

浦島さんの口から吐出されたのは、ブルーベリーのジャムみたいな真っ黒い血液と、銀のような色をした正義という言葉だった。 「正義とはなんですか?」 「誰かの正義や、どこかの正義や、何かの正義ではなく、ほんとうの、正義とはなんですか。いったい誰が…

情報操作

「知らないもの、と、知らされていないもの、 賢明な白酒さん、あなたならもうずいぶんその違いについてご理解いただけたと、私は思っています、いかがですか。」 日本がそんな状況に陥っていることなんて、もちろん知らなかった。 ぼくはもともと政治や経済…

二番目の男

「私は、何かに立ち向かえているのでしょうか・・・、それ以前に、私はいったい何に立ち向かっていたのでしょうか・・・、こんな出鱈目な存在が、いまの世界を掌握しているのですか・・・」 浦島さんが自らの手だけでねじり切った「セカンド」と呼ばれるその…

幼い樹木

「時間を遡ります。」 街灯がすべて消え、漆黒に包まれている渋谷の宮益坂を小走りに登りながら、浦島さんはその計画を話しだした。 「時間を遡り、感染の根源となっている一族のものに先手を打ちます。もはやその方法しか手はありません。一族のものを根絶…

笑顔

「浦島さん、この装置に入る前にあなたに言いたいことがあります。」 施設の外からは依然として男女入り乱れた悲鳴のような怒号のような声が絶え間なく響いてきていた。 「さてなんでしょうか、あまり雑談を交わしている余裕はありませんが、お聞きしましょ…

蕎麦

「はっはっはっはっはっ、まさか白酒さんと渋谷の富士そばで年越しそばを食べるとは夢にも思いませんでした、なんとも愉快じゃありませんか、いやいや愉快。」 浦島さんはすさまじいスピードでたぬき蕎麦を口中にすすりこみ、どんぶりの汁までもすべて平らげ…

図書館

温泉宿で働き出してからの九日間、若干のトラブルはあったものの番頭さんの機転のおかげでなんとか研修期間も終えることが出来たのだが、急な団体客の予約や女中頭の紀子さんの体調不良などによって、結局ぼくが休みをもらうことが出来たのは勤務し始めてか…

血液

「白酒さん、もしあなたなら、愛する人に何を贈りますか?」 浦島さんはそう言いながら真っ黒いハンカチで両目を握りつぶすようにおさえていた。 真っ黒いハンカチの一部が、真っ黒よりもさらに、もっともっと深い黒色に、そして真紅に染まっていた。 「愛す…

九つの暗闇

朝起きると体中の節々にひどい痛みがあった。 顔を歪めながらゆっくりと起き上がって、玄関脇のユニットバスの鏡に顔を突き合わせると目が真っ赤に充血していた。 ここ数ヶ月、朝起きると目が充血していることを気にかけてはいたが、きょうの充血の具合は尋…

水たまり

ぼくのいま立っているこの場所から、明日は見えるのだろうか。 どのくらいの距離かまったく見当もつかない明日は、ほんとうに見えるのだろうか。 使われなくなった旧道の山道を町へと抜ける方向へ5キロほど歩いた場所に、「水たまりの鰐」と呼ばれる店がある…

秘密

「浦島さん、以前ぼくが言っていた相談事の話、聞いていただけるんでしょうか?」 浦島さんはいつものように、薄汚れたヨレヨレのトレンチコートを膝の上にぐしゃぐしゃに丸めて、車窓の外のどこかの景色を、とても透明な笑顔を浮かべながら眺めている。そし…

鉱物

「ところで、 つかぬことを伺いますが、 この辺りで吸血鬼の噂を耳にしたことはございますか? 」 山陰本線のボックス席でたまたま向かいに座った初老の男性が、 唐突に話し始めた物語は実に奇怪だった。 「私は佐渡島の出身でしてね、佐渡島はご存知ですか…

相談

「ご乗車ありがとうございます、まもなく大田市、大田市にとまります、お出口左側です。」 浦島さんは右手の人差し指を額に突き刺してから、そろそろですねとつぶやいた。 「浦島さん、唐突で申し訳ありませんが、相談したいことがありまして、」 ぼくが言葉…

首都よりの赤い手紙

浦島さんの姿を見かけなくなって数ヶ月が経った頃、ぼく宛に分厚い封筒が届けられた。 簡易書留で届けられたその封筒を持ってきた郵便局員は、いままで一度も見たことのない色黒の若い男性だった。 ずいぶんレトロな自転車を玄関先に停めていて、おまけに赤…

クリスマスの朝

「白酒さん、私はね、この道を選んだことには後悔など微塵もするつもりはなかった、最初はね。 いつだって最初はそうでしょう、最初から後悔するとわかっていて、その道を選んだりはしませんよ、後に悔いるわけですから。」 浦島さんはぼくの方には顔を向け…

はじまり

サンライズ出雲で東京に降り立った朝、その薄汚れたホームには浦島さんがただひとり、笑顔で待ち構えていた。 「おかえりなさいと言ったほうが正しいでしょうな、 待ちくたびれましたよ白酒さん、ずいぶんとゆっくりな足での到着じゃありませんか、いやいや…

おとめ山

ぼくと浦島さんは新宿区にある小さな森の中にいた。 池袋での一族の襲撃からもう6時間ほど過ぎた真夜中だった。 根元から捻りちぎられた浦島さんの左腕をぼくはさっきまで必死で抱きかかえてたが、逃げる途中で浦島さんはぼくの抱える自分の左腕に右手を添え…

片腕の男

「浦島さん、あなたといるとこんな時でも、なんて言ったらいいんだろう、笑いがこみ上げてきます、 嘘の笑いじゃなくて、本当に楽しくておかしくて笑ってしまうときのような笑いが、体の奥の方からグルグル渦を巻きながら上ってくる気がします。」 浦島さん…

太陽

結局、幸運なことにその日は太陽が昇るまで、疲れきったぼくたち二人のしばしの休息を邪魔するものは現れなかった。 辺りが明るくなりかけた早朝に、ぼくはやっと気が少し抜けて微睡みだしたのだが、公園の管理人らしき老人が門を解錠して入り口を開き公園内…

ペナルティ

「欠勤せず9日間は必ず業務に入っていただきたいんです。」 仕事をはじめてまだぼくは6日間しか宿の業務には入っていない。 約束の日数まではまだ3日足りていないということになる。ぼくが特別試用期間の規則をやぶって9日間の勤務を完了せずに、仕事に遅刻…