ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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水たまり

ぼくのいま立っているこの場所から、明日は見えるのだろうか。

 

どのくらいの距離かまったく見当もつかない明日は、ほんとうに見えるのだろうか。

 

使われなくなった旧道の山道を町へと抜ける方向へ5キロほど歩いた場所に、「水たまりの鰐」と呼ばれる店があるという話を聞いたのは、ぼくが初めてこの地を訪れるために乗ったバスの中だった。

 

「このバスは、え〜と、砂波というところには停まりますかね?」

 

ぼくと同じバスに乗り合わせた50代くらいの背の低い小太りな男性が、いちばん前のひとり掛けの席に大きな黒のバックパックを下ろしながら、発車前のバスの中で運転手に尋ねていた。

 

「ええ、停まりますよ、ここから580円、だいたい30分くらいだね。」

 

それを聞いた男性はバックパックの脇のジッパーを開き、しわくちゃの地図のような物を取り出しながら、ずいぶん落ち着きのない様子で何度も頷いている。バックパックはノースフェイスのもので、ずいぶんと使い込まれている。

 

「その砂波のあたりにですね、『水たまりの鰐』っていう店があると聞いたんですが、降りるバス停はそこで大丈夫ですかね?」

 

男性はその地図のようなものにボールペンで何かを熱心に書き込みながら、バスの運転手と会話を続けている。

 

「店ですか? あの辺りにある店っていったら、木神米穀っていう商店しかないですよ。あとはそこから旧街道沿いに入るとちらほら看板は出てるけどねえ、お菓子屋だとか酒屋だとか、でももうやっていない店ばかりでしょ。あの辺りはもう住んでる人も少ないからねえ、もっと奥の方に温泉宿があるくらいですよ、店じゃないけどねえ。ワニのなんだかなんて店は聞いたとないですねえ。」

 

さっきバスの外で見た時刻表からすると、バスの発車までにはまだ20分ほど時間がある。

 

男性は運転手の話を一通り聞き終えると、しばらくその場で突っ立ったままボールペンを額に押し付けたり、口にくわえたりして、苛立たしそうに頭を左右に振っていたが、ちょっと失礼、また戻りますんでと言って、バックパックを席に置いたままバスの外へ走り出ていった。

 

ぼくが最後尾の長椅子の席に座りながらずっとその様子をながめていると、バックミラー越しにぼくの顔を覗き込むように運転手が話しかけてきた。

 

「お客さんはどこまでいくんですか?まさかあなたもワニのなんとかじゃあないですよね?」

 

 

 

 

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