ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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怪談怪談って言うけれど、怪談ってどんなだい? - ネオカイダン

朝、妻に「もう起きられますか?」と体を揺り動かされて片目を開けて、「ああ。」と声をあげると枕が寝汗でグシャグシャに湿っていて、沼にでも反り返って寝ていたのかと思う。

 

眠い目を擦りながら、昨夜の深酒を呪いながら、二三度グリグリと体をよじらせてから不快の内に起き上がり、床に足をつく。

 

虫を踏み潰した。

 

ああ、しまった、起き上がりざまに床を踏みつけたら、その拍子に運悪く何かの虫を、足で踏み潰してしまった。

 

ぐしょぐしょに濡れた頭を掻き毟りながら考えあぐねて、再び布団にどんと尻をついて虫を踏みつけた足の裏をひっくり返す。

 

やけに大きな虫を踏んだような、じっとりとした感触が足の裏にはあったが、目を向けてみると何もひっついてもくっついてもいない。

 

なんだかよく分からなくなり、両の手で顔の眉毛をガリガリと掻きむしり、五本や十本の短い眉毛がパラパラと床に落ちる。

 

眉毛の散らばる床に捻り潰された虫でもいやしないかと思って顔を近づけて縦横に揺り動かすが、そこにはただ眉毛と埃とがザワザワと落ちているのみである。

 

もう一度足の裏をひっくり返して仔細に眺めてみるが、やはり虫など踏み潰してはいないようだ。

 

布団から尻を上げて、重い体をズリズリと引っ張りながら台所へゆくと、妻が流し台に向かって洗い物やらをしている。

 

「お早う。」と声をかけると、「・・・」。

 

もう一度「お早う。」と・・・、それが妻ではなく、薄汚れた白い肌着を身にまとって下半身には何も身に付けてはいない痩せこけた、女性ではあるがおそらくは骨と皮しかない老婆のような、じくじくした青い血管で覆われた背中が見えている。

 

ハッとして怖いのもさておいて、「なんだ、きさまはっ!」と一喝にすると、「てめえでやれ・・・」とボソリと言う。

 

再び「なんだっ!」と激しく声をあげると、「てめえでしろ・・・」と返す。

 

再度、声の勢いを増して「なにをだっ!」と、すると、自身は布団の上に寝ていて、その横には首のない妻が、首根本からシーシーシーと血を噴き出して・・・、

 

「たとえば、そういうちょっとカイダンっぽい話、書けませんかねえ?」

 

「それのどこが・・・、カイダンっぽいんだい・・・?」

 

怪談怪談って言うけれど、怪談ってどんなだい? - ネオカイダン -

 

「最後に、首がない妻が寝ているって辺りですかねえ!」

 

その時、家の外で鳴いている虫の名は、カネタタキというらしいと、酒を持ってきた妻が口を挟んだ。

 

「カネタタキなんて名前の、虫がいるのかい・・・」

 

「ええ、夜寝ていると、人の耳から体に入ってねえ、金をくれと言って、ほうぼうを叩き潰して、内臓やらなんかをねえ、それで、仕舞には、入られた人は血を吹いて死ぬそうですよ、金やなんかは関係なしにね。」

 

「金やなんかは関係なしに?」

 

「ええ、入られたらどのみち、死ぬんですよ。」

 

どうにも世の中にはいやな怖い虫がいたもんだ。

 

そんなわけで、じゃあそんなふうなねえ、ネオカイダンでも、はじめてみるかねえ。

 

 

 

月白貉