ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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校長室で食べる給食と、ジャージーを着た人影の話。

小学生の頃の話である。

 

ぼくの学校では、クラス内の生徒が四、五人を一塊としたグループに分けられていて、例えば給食当番だったり、壁新聞の制作だったり、あるいは課外授業の班だったりを、そのグループのメンバーを軸として、一緒に行動させられていた。

 

そして、確か月に一度だったと記憶しているが、何かの抽選に基づいて全校生徒の中から選ばれたひとつのグループが、校長室で校長先生と一緒に給食を食べるという、何やら儀式めいたイベントがあった。

 

残念ながらぼくは六年間で一度も、その校長室の儀式に招き入れられたことはないが、六年間を通じてずっと同じクラスだった大河原くんは、なんと二度もその儀式に参加したことがあった。

 

「校長先生が給食を食べてるのさあ、オレたちが一緒の時だけじゃねえの?」

 

「えっ!そうなの!?じゃあ他の日は何食べてるの?」

 

「出前でさあ、ラーメンとかカツ丼とか食べてるって、ガッツが言ってたぜ!」

 

「なんだよ、ずり〜な〜・・・、でもカワラが校長室で一緒に食べた時にはさあ、ちゃんと給食を食べてたんだろ?」

 

「そりゃそうだよ、だって出前食べてたら、バレちゃうじゃん!」

 

そう言ってカワラは笑った。

 

「カワラはさあ、二回も校長室行ったもんなあ、おれなんか一回もないよ。なんかさあ、特別なやつあるの?プリンが二個になるとかさ、カレーがおかわり自由とかさあ?」

 

「いや、そんなのないよ、同じやつだよ、校長先生は太ってるからちょっと多めだけどな。」

 

「そっか、じゃあ別に、教室でもいいな。」

 

その時カワラがおかしな顔をして声を潜めだした。

 

「でもさあ、校長室にさあ、なんか変な奴がずっといるんだよ・・・。」

 

「なに?変な奴って?」

 

「校長先生の机の、えっと給食はさあ、机の前に置かれてるデケえテーブルで食べるんだけどさ、いつも校長先生が座ってる方の机の奥の窓の脇の、えっとカーテンのとこにさあ、なんかぬいぐるみのサルのお面?頭にかぶるみたいなのあるじゃん、なんかヒバゴンみたいなやつさ、あれかぶったさあ、おれらと同じ学校のジャージー着た人が、なんも言わずにずっと立ってんだよ・・・。おれらとかが食べてる時ずっと動かないで、なんか校長先生の頭の後ろのとこらへん、ずっと見て立ってんだよ・・・。」

 

カワラの話し方がなにか異様な影に覆われているような気がして、ぼくはゴクリと唾を飲んで何も言わなかった。

 

「でさあ、給食終わってから廊下出たあと吉田にさあ、あの窓のとこにいたの誰だ?って言ったらさあ、はっ、なんだそれ?って言ってて、他のやつに言っても、同じでさ・・・、えっ、なんでみんなわかんないのかなあって・・・。」

 

「教頭先生じゃないの・・・?」

 

「なんで教頭先生がサルの頭かぶって校長室にいるんだよバカっ!」

 

「そっか・・・。」

 

「で、それ・・・、二回目の時もいたんだよな。そん時にも一緒にいた奴に聞いたけど、みんな何それって言ってて・・・。後からさ、昔に運動会とかで使った人形が置いてあんのかなあと思ったけど、でもあんなデッカイ人形置いてあったら、みんな気が付くでしょ・・・。」

 

そこでちょうど、ぼくの家とカワラの家の通学路の分かれ道に到達したため、その話は尻尾の切れたトカゲみたいにするするっと道路脇の陰に消えていってしまい、二人はバイバイと言って手を振って別れた。

 

その日の夜、家族と一緒にテーブルを囲んでテレビを観ながら夕食を食べていると、祖母が祖父に向かっておかしな話をしているのが耳に入ってきた。

 

「あなた、あの学校の猿のことは、どうだったんですか?」

 

「あ、う〜ん、まあひとまず警察には連絡したし、市の保健所にも来てもらって片付けはしたけど、あの石像みたいなものはねえ・・・、遺跡かもしれないからってその筋には報告するって言ってたけど、ちょっと気味が悪いし、よくわからないからねえ実際、だからどうしようかってことになったけれど、とりあえず猿のことはまあ警察の方で調べてるみたいだけれど、どうも人間の虐待とかそういうものじゃないみたいだと言ってるし、石像はまあ、どうこうする前に先に神社にお願いしてねえ、お祓いだけでもしてもらおうかと・・・、まあそうするより他ないだろうねえ、ってことでね。」

 

その話をじっと横で聞いていたぼくは、つい興奮して「えっ!学校のサルってなにっ!?」と大声を上げてしまった。

 

祖父は自営業の衣料品店の傍ら、ほんとうに時々ではあったが、ぼくの通う小学校で臨時の用務員のようなことをしていた。

 

「ああ・・・、猿ねえ、猿のことは学校では、まだみんなには話がないのかい?」

 

「あなた、話してもいいんですか・・・?」と祖母が祖父に耳打ちをしている。

 

「まあ別にいいだろ、どうせすぐに話があるだろ、ねえ。」

 

祖父の話によれば、先週の土曜日、古くなった体育倉庫の改修工事のために業者が倉庫内の床板をすべて外したところ、床の下の土の中に大きな石室のようなものが埋められていて、その中には大きな猿を象ったような石像が、鎖でグルグル巻にされて入っていたということだった。遺跡かもしれないと判断した工事業者が、その日は一旦作業を中断して各方面に連絡を済ませた後、次の日に再度現場を訪れてみると、石像の周りに数匹の猿の死体が散らばっていたということだった。ちなみに学校の周辺はおろか、市内に野生の猿が生息しているという話はまったく聞いたことがなかった。

 

「おじいちゃん、その石像は見た?」

 

「ああ、見た見た、ものすごく大きいものでねえ。こんなだよ、こんな。まあ猿って言われれば猿にも見えるけれど、手がねえ、腕か、腕がねえ、こう、なんだかたくさん生えてたから、あれは猿ではないかもしれないねえ、何かの神仏かねえ、きっと。ちょっと不気味だったよ・・・。」

 

「うわ〜、怖え〜・・・。」

 

「おじいちゃん、あんまりしゃべったら学校に何か言われますよ・・・、ヨシキ、その話はみんなに言いふらしたらダメだよ、そのうち学校で先生から何か言うかもしれないから、それまでみんなに話したりしたらダメだからね、わかった?」と、食器を片付けながら母がぼくにそう言った。

 

次の日学校に行ってみると、昨日はほとんど注目していなかったが、体育倉庫の周囲には黒と黄色の斑模様のロープが張られていて入れないようになっており、倉庫自体はボロボロの青いビニールシートですっぽりと覆われていた。確かに先週のはじめに担任の先生からは、体育倉庫を工事するので、工事中は危険なので入ったり近付いたりしないようにとの注意は受けていた。だからその後の体育倉庫の様子、例えば人だかりやなんかは、すべて工事に関係したことだとばかり思っていて、昨日もほとんど気にかけてはいなかった。

 

ぼくはその日教室に入ってから学校の校門を出るまでの間、なんとか必死に我慢して、祖父から聞いた猿のことは一言も口には出さなかったのだが、カワラと二人で校門を出てしまうと一気にその緊張がほどけて、口から吐き出すようにして例の体育倉庫の猿の話をし始めてしまった。

 

「いま体育倉庫さ、立入禁止になってるでしょ、なんでか知ってる?」

 

「工事してるからでしょ、神田先生が言ってたじゃん、先週。」

 

「違うんだよ、ウチのおじいちゃんから聞いたらねえ、ウチのおじいちゃん時々学校で働いてるじゃん、で、この間の土曜日にさ、体育倉庫の下からさあ、猿の怪物の石像が発見されたんだってっ!それでさあ、日曜日には、その石像の周りでいっぱい猿が死んでたんだってっ!この辺サルなんか全然いないじゃん!怖え〜よなっ!!」

 

そういう類の恐い話が好きなカワラが、いつものようにその話に食い付いてくると思っていたが、カワラは前を向いたままおかしな顔をして黙々と歩いていて、しばらくたっても一切口を利かない。

 

「カワラ、怖くない・・・?サルの話・・・。」としばらく歩いてからぼくが小さな声をかけると、カワラが立ち止まって少し後ろを歩くぼくの方を振り向いた。

 

「校長室にいるへんな奴の話、昨日の帰りにしたじゃんか・・・、なんで急に校長室のあの話、したかっていうとさ・・・、帰りにチラッと体育倉庫の方見たら、なんかいっぱい人がいる中に校長先生も立ってたんだけど、その後ろにさ・・・、ピッタリくっつくみたいにして、あの変な奴も立ってたんだよ・・・。」

 

「え・・・、昨日言ってた・・・、カワラしか見てないあの・・・。」

 

校長室で食べる給食と、ジャージーを着た人影の話。

 

「うん、猿の頭かぶってて、ジャージー着てる奴だよ・・・。」

 

カワラはそう言うと前に向きなおって、スタスタと早足で先に歩いて行ってしまった。ぼくは一度だけ、意味もなく学校の方を振り返ってから、小走りになってカワラの後を追った。

 

その時一瞬だけ目に映した学校の上の空には、学校全体に影を落とすようにして、奇妙な水墨画みたいな色をした、分厚い雲がどんよりと浮かんでいた。

 

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月白貉