ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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サルでもわからない本当は恐いお盆の温度設定

中学の時からの友人だった佐々木が結婚をして新居を建てたという知らせが、共通の友人である吉野からフェイスブックメッセンジャーで送られてきた。

 

仕事の都合で地元から遠く離れた土地に移住していた私は、事情があってなかなか里帰りが出来ず、佐々木にも吉野にも、もう五年ほど会っていなかった。

 

その知らせを受けたのが七月の半ばだったこともあって、私は吉野に返信をして、久しぶりにお盆で田舎に帰省する予定があるから、その際にでも二人で佐々木の新居に遊びに行こうじゃないかということになった。私はまだ単身で今は恋人もおらず、さらには新築の家を建てるような金銭的な余裕もまったくないような状態だったので、正直佐々木のことをずいぶんと羨ましく思った。けれど三人の中で、そういう類のことには一番縁遠いと思っていた佐々木が、知らない間に恋人を見つけて結婚に漕ぎ着け、さらには家まで建てていたということには、もちろん驚きもあったのだが、それ以上に何かよくわからない安堵の気持ちのほうが、自分でも不思議だが幾分か強いような気がした。人の不幸は蜜の味なんていう言葉があり、それは確かに真実でもあるが、人の幸せだって、当然のように蜜の味なんだなあと、その時初めて気付いたように思った。

 

お盆の休暇を利用して、長らく遠のいていた郷里に帰った私は、家族とともに先祖の墓を参って迎え盆を済ませ、夜には久しぶりに父や母と酒を酌み交わし、そして懐かしい畳の部屋で古めかしい布団に大の字になってぐっすりと眠りにつき、二日目を迎えた。

 

「おうっ!久しぶり、なんだか痩せたんじゃないの?」

 

吉野と待ち合わせたのは、佐々木が新居を構えた東京郊外の、その場所の最寄駅にあたる駅の改札口だった。ちなみに私は長らく東京に暮らしていた経験があったが、その駅に降り立つのはそれが初めてのことだった。

 

「ほんと久しぶりだよ、確かに痩せたんだよ・・・おれ・・・、いろいろと大変でさ。吉野はちょっと・・・老けたんじゃないの?」

 

「んなことないよっ!このくらいが普通だろ、普通!若いくらいだよ。」

 

吉野の話によれば、佐々木が家を建てたのはその駅からバスに乗って十五分ほどの、東京にしては比較的まだ自然の残る田園地帯だということで、ただその田畑のほとんどがが地主によって売りに出されていて、いずれは新興住宅地へと姿を変えるであろう場所だということだった。

 

佐々木に言われた通りの国道沿いのバス停でバスを降りると、彼がそこで手を振って待っていた。

 

「なんだか、川田に会うのは何十年ぶりみたいだなあ、いやあ、ほんと久しぶり。」

 

「ははは、たしかにそんな気がする。でもおまえ、ずいぶん太りすぎじゃない・・・?」

 

そろそろ中年にさしかかろうとしている同年代の友人たちと久しぶりに再会して、まず咄嗟に口に出してしまう言葉が、痩せたの太ったのとか、若いの老けたのとか、そういうものばかりだということにふと気が付いて、わずかな憂いを感じた。

 

「すぐそこだから、行こうか。」

 

佐々木を先頭にしばらく住宅街と田畑にはさまれた広い道路を歩いてゆくと、道路をはさんで住宅街とは反対側の水田の先に小さな雑木林のようなものがあって、その真ん中に細い遊歩道のようなものが一本スーッと雑木林の中へ消えるように続いているのが見えた。その道の入口の脇には「どんぐり公園」と書かれた真新しい看板が立ててある。

 

「あの遊歩道を抜けた先だから、あとちょっとだよ。」

 

佐々木の案内でその遊歩道に入って雑木林の中に進んでゆくと、カンカン照りの真夏の午後だというのに中はずいぶんと薄暗く、いままで流れ出ていた大量の汗がシュンと音を立てて引っ込んでしまうような涼しさだった。今さっきまでの炎天下もあり、最初はずいぶんと気持ちがいいような気もしていたが、途中からそれが涼しさではなく、何か異様な冷気であるように思われて、周囲の薄暗さも相俟って次第に気味が悪くなってきた。木々が生い茂っているからということもあるし、あるいは夏だからということもあるかもしれないが、その強い冷気に反して、雑木林の中は粘り気のある湿気のようなものが空気中でドロドロと渦巻いていて、急に息苦しいような気さえし始めた。そして気になったことには、遊歩道の入り口には確かにどんぐり公園という看板が出ていたのだが、雑木林の中に入ってみると公園らしきものなどは一切存在せず、鬱蒼とした古めかしい木々やわけのわからない雑草に覆われる空間が延々と続いているだけで、遊具はおろか小さな空き地のようなものさえもない。そして時折、その木々や草の間に苔生した何かの石碑のようなものが点在していて、それがさらに場の空気を捩れさせている。率直に言えば、気持ちの悪い場所だった。

 

私は半ば目を瞑るようにして佐々木の背中を追った。

 

すると五分と歩かない内に遊歩道は雑木林を抜け、その先の田園風景の中にぽつんと一軒だけ、洒落たデザイナーズ物件のようなコンクリートの家が建っている。その家の周囲には昔話に出てくるような田畑が広がっていて、その風景の奥の方には地元の農家らしき木造の古い家々が疎らに点在している。そしてそのずっとずっと先には、入道雲を背にして青々とした山並みが薄っすらと浮かんで見える。こうやってこの場で眺めている限り、若干コンクリートの建物が浮き気味ではあるにせよ、見渡す景色としてはこれ以上にないと思える立地だった。

 

ただ私は、今通ってきた薄気味悪い雑木林がどうにも気になって仕方がなかった。

 

「なんだよっ!ちょ〜オシャレ物件じゃないの、金持ってんなあ。」と吉野が声を上げる。吉野の様子からすると、彼は雑木林のことはあまり気にはなっていないようだった。私はその時、冗談にからめて雑木林のことを口に出してみようかとも思ったのだが、それが佐々木の気分を害することになってしまってはいけないと思い、ゴクリとそれを飲み込んだ。

 

「ははは、とりあえずどうぞ、あと・・・、それとちょっと先に言っとくと、申し訳ないんだけど、妻がさ、体調崩しちゃって・・・、急遽実家に戻ってるんだよ。まあお盆ってこともあってさ。だからきょうは妻の手料理ってわけにはいかないんだけど、まあ三人で気兼ねなしに、ってことで。」

 

佐々木の声に小さな影が落ちているような気がした。

 

家の中に入ると、そこは真新しい家特有の、まだ世界に馴染んでいないような何かハッとさせられるシャープな、そしてギクシャクとした不思議な匂いに包まれていた。家の中に並んでいる家具や装飾や観葉植物も、まだまだ緊張感を持ってこちらを、私たちを見つめていて、何かこちらまで緊張してしまうような、そんな雰囲気だった。

 

「うわ〜、すごいじゃない!豪邸だよ豪邸!」

 

吉野がプラネタリウムでも見るようにして、反り返って家の中を見回している。

 

「こんな家に住めて、綺麗な奥さんもいて、まあ綺麗かどうかはこの目ではまだみていないけどさ、いいですなあ、佐々木さん。」

 

先程の雑木林での微小な不安が難なく吹き飛ぶほどに、確かにセンスのよい素敵な家だった。吉野の話によれば奥さんはお世辞抜きに美人だということだったし、なんとも順風満帆な生活だと、残念なことに自分との比較で考えてしまい、私は瞬間的には、佐々木のことを祝福するというよりは、やはり羨ましく、妬ましく感じていた。

 

「ひとまず、そのテーブルの好きなとこに座っててよ、いま飲み物とか、あとは出来合いのものだけど用意しておいたさ、つまみなんかを出すから。」

 

佐々木はそう言って、玄関から見渡せる広々としたダイニングキッチンの冷蔵庫の中から、流し台の前のカウンターに缶ビールやらワインやら、オードブルのパックのようなものを出し始めている。

 

椅子が八脚も置いてある広々としたテーブルの適当な席に向かい合わせて座った私と吉野が、しばらく無言のまま口を開けて家の中をグルグルと見回していると、吉野が急に腕をこすりながら身を震わせた。

 

「佐々木さあ、ちょっと冷房、弱くしてもらっても、いいかな?」

 

そう言われて私も気が付いたのだが、家の中が異常なほどにエアコンで冷やされている。家の豪華さに圧倒されてそのことにまったく気が回っていなかったが、この広さでこれだけ冷えているということは、おそらくは過度に低い温度設定がなされているのではないかと思った。確かに私の記憶だと、佐々木はずいぶんと暑がりで、いまのあの太り具合から考えると、例えば十八度とか二十度とか、そんな温度設定をすることも考えられなくはなかった。ただもしかするとそれは自分のためではなく、真夏に訪れるゲスト二人のことを十分に気遣った、ホストとしての佐々木の配慮だったのかも知れない。

 

「えっ・・・、いや・・・、いや、冷房はつけてないんだよ。」

 

「えっ!!!」っと、少し間を置いて私と吉野は同時に大声をあげてしまう。

 

佐々木が台所での手を止めて、急に足かせでも括り付けられたかのような重々しい足取りで、二人が座っているテーブルに近付いてくる。彼の顔には明らかに何か歪みのようなものが生じていて、黒いマジックで顔に線を描いているんじゃないかと思うほどに、その顔色に不吉な影を帯びていた。

 

「実はさ、先に、ちょっと話してもいい・・・。」

 

佐々木は吉野の横の椅子にグタリと腰を下ろすと、奇妙な話を始めた。

 

「まず、結論からなんだけど・・・、うん、結論からなんだよ・・・、この家、ちょっと・・・、いやちょっとじゃなくて、かなりおかしいんだよ。」

 

「ど、どういうこと・・・?」と吉野がボソリと口に出す。

 

「まずこの寒さ・・・、二人にもやっぱり、わかるんでしょ?おれだけじゃないんだよね・・・?おれも昨日からちょっと驚いてるんだけど、数日前まではこんなに寒くはなかったんだよ。でもお盆に入ったら急にさ・・・、たださ、そんなこと突然二人に言ったら変でしょ、だから言わなかったけど・・・。それで・・・、普段も、普段もここまでじゃないんだけど、基本的にいつも、冷房も何もつけてなくても、日常的に家の中が異常な寒さなんだよ・・・、いま夏だよ夏、夏の真っ昼間だよ・・・。夜なんてほんと、毛布が必要じゃないかってこともあって・・・。」

 

「どういうこと・・・、不動産屋とか、施工会社には言ったの?」

 

「もちろん言ったし、調べに来てくれたけど、特に建物自体に異常があるようなことはないって・・・、よくわからないけど、立地とか周囲の環境の影響で比較的冷えやすいのかもしれないって・・・、何だよそれって思ったけど。特に対応が悪いわけじゃないんだよ。どちらかっていえば丁寧だし・・・、ちゃんとした知り合いの紹介だからさ、おかしなことは出来ないはずなんだよ・・・、ただ原因はわからないって。それにさ、見に来てくれる日に限ってさ、全く寒くなかったりするんだよっ!!!」

 

佐々木が取り乱したように大きな声をあげた。

 

「ごめんごめん、ほんとごめん・・・ちょっと疲れちゃってて・・・、実は妻が実家に帰ってるのは、体調が云々とかじゃなくて・・・、いやまあ実際には体調もなんだけど、この家のことが原因でさ、しばらく実家に、おれがしばらく実家に帰ってろって言って、帰してるんだよ。妻にはちょっと、霊感っていうか、人には見えないモノが見えることがあって、だから住み始めてからすぐに、この家、おかしいって・・・言い出して・・・。」

 

私も吉野も、何も言わずに黙って佐々木の方に目を向けている。

 

「でね、おれはそういう霊感みたいなものはまったくないし、いまのところさ、この温度がおかしいってことしか感じないからまだいいけど・・・、いやよくはないんだけどさ。アケミにはいろいろ見えるらしくって・・・。」

 

吉野が学校の授業で生徒が手をあげるみたいにして、右手を宙に浮かせた。

 

「な、何が見えるの、例えばさ、奥さんは何が見えるって、言うの・・・?」

 

「家に・・・、家の中に大きい四足のものが這い回ってることがあるって・・・。あと・・・、」

 

「四足のものって、ゴキブリとかそういうものじゃなくて・・・?」

 

「いやいや、違うんだよっ!そうじゃなくて、それならゴキブリって言うでしょ・・・。そんなものじゃなくてさ、もっと大きなさ、人くらいある黒い影のようなものだって言うんだよ、だから、人が四つん這いになったようなものが、壁とか床を這い回ってるって・・・。日に日にその数が増えていってるみたいで、もうこんな恐い家には住めないよって・・・泣いてて・・・、せっかく建てたのに・・・、おれだって住みたくないよっ、そんな場所っ!!!最初は、おれもアケミもどうかしてるのかな・・・って思ってたけど、やっぱり二人も寒いんだよな・・・、この家の中、寒いよな?一体これ何なんだよっ!!!」

 

佐々木が両手の拳でテーブルを激しく叩いた。

 

「いやいやいや・・・、大丈夫大丈夫、落ち着こう落ち着こう、大丈夫だよ、話聞くし、出来ることあったら力になるからっ!いっかい落ち着こう、落ち着こう・・・。」

 

吉野は佐々木の小刻みに揺れ動く肩に静かに手を置いて、なだめている。テーブルの向かいに座っている私は呆然としてしまって、佐々木のガタガタと震える拳に、目が釘付けになっていた。

 

その時なぜか、私の頭の中にふと、大学時代のある光景が浮かび上がってきた。民俗学の非常勤講師を務めていた大原先生と何人かの学生たちと、先生の個人的なフィールドワークに同行して埼玉北部の寂れた農村を訪れた時の、あの時の光景だった。

 

「あっ、あれあれ、ちょっと見て、皆さんあれ見てください、あれです、あれ、あの荒れた水田です。古い石碑が田んぼの真ん中に斜めに埋まってるでしょ。あれだなあ・・・、あれたぶん、病田ですね。」

 

「ヤミダ・・・、それは・・・、なんですか?」

 

サルでもわからない本当は恐いお盆の温度設定

 

 「う〜ん、何かって言うとね、それは難しいんだけれど、何か憑物の一種ではないかと考えられてるんですよ、そう言っている人は多いんです、実際。あの水田で耕作をするとね、病気になったり、怪我をしたり、まあ悪いと死んでしまうっていう、そういう水田がね、日本各地には意外とたくさんあるんです。もちろん耕作しても稲はまったく育たない。それで結局、ああやって放棄されてね。ただその何かを祓うために、行者なんかが田んぼの真ん中で祈祷をあげて、ほら、あれみたいな石碑を立てる場合なんかもあるけれど。」

 

「それで祓えるんですか・・・、でも放棄されてるってことは・・・。」

 

「うん、祓われているのか否か、何が祓われるのか、何がそこにいるのか、安全なのか危険なのか、まあいろいろと問題はあります。ただ、その田んぼの持ち主にしたらねえ、自分の身に降り掛かってくることだし、うん、まあ、そういうことです。いまでも使われていないみたいだからね、あの田んぼは。」

 

「それはどうやって発生するんですか、その病田ってものは・・・?」

 

「うん、一説によれば、それは誰かがあの田んぼを妬むからです。要するに、自分の田んぼよりも優れている、収穫が自分の田んぼよりも多いじゃないか、そうやって、まああるいはその持ち主を妬むのかもしれないけれど、そうやって妬む者がいて、同じ地域にね、で、さらにその中に特殊な能力を持つ者がいる、いわゆる憑物筋と呼ばれる者の成せる技だと、昔は考えていました。ただちょっと様子が違うんですね、憑物の場合には、憑物筋の場合には妬んだ人に害を成すのが普通です。もっと直接的なわけです。ただこの病田はその土地に何か邪悪なものを憑かせて害を成す。この場合には、田んぼにですね。そして今度はその土地に触れるものにも害を成すわけですから、少々複雑なわけですよ。まあその人が耕作することを前提としているわけだけれども、そして稲も育たなくなるので、ある意味では持ち主に直接の害をもたらしているという見方もできますが、どうなんでしょうねえ。」

 

「先生はどんなふうに考えてるんですか・・・?」

 

「そうですねえ、わたしなんかは憑物ではなくて、そもそも、そういう場所がある、そういう特殊な場所がある、ということも考えてますねえ。例えばね、ある地域には同じようなツキノワという場所があったりします。病田と同じです、そこを所有して耕作する人に害を成す場所がある。近年になってからはその田んぼを埋め立てた後に、間違えてその上に家なんか建てるとやはり持ち主に害を成す。ツキノワには、そこにはもともとなにか邪悪なものがいるという話があります。けれど、ただ邪悪なだけではなく、祭り上げると所有者に幸福をもたらすという話もある。ただやはり、耕作したり住んだりしては、これはいけない。病気になったり、頭がおかしくなったり、死んだりします。まあ祭るとご利益もあるなら何かの聖域のようにも思えますが、そういう単純なものでもないだろうと、わたしは思います。つまりね、太古から人間が神だと呼ぶものは、それは、いったい何かということです。今日は暑いですねえ、ちょっとあの日陰にでも入って、続きを話しましょうか。あの日陰はずいぶん涼しそうですから。」

 

先生は大きな木の根本の、日陰になっている地べたに腰を下ろしてから、後を追う皆にも座るようにと、手をヒラヒラと地面近くで宙に舞わせた。

 

「例えばね、はるか昔の人々が、端からね、見えない何かが自分たちに利益をもたらすとは思っていなかったはずです。ただその逆はあったと思う。つまりは自分たちに害を成すものがいて、それは目に見えるものの中にも、もちろん山ほどいるけれども、例えば人を襲う猛獣もいるだろうし、毒を持つ昆虫もいるだろうし、その他にもね。ただ、ある日にね、その中には見えないものがいると。目には見えないけれど自分たちに害を成すものがいると。正体不明のものがいると。そういうことに、気が付くはずなんです。気が付くというか、そう思う瞬間が来たと思うんです。それがおそらく、今で言う神です。ただ、昔の人々が神が自分たちに利益をもたらすと思っていたかというと、そうではないと思う。それはたぶん恐怖の対象だったはずですよ、確実にそうです。そしてそれはね、じつは根源的なところで言えば、いまだって何も変わりはしないんですよ。実際の神はそういうものだと、わたしは思っています。何かの宗教や神話によって演出がなされていない神は、人間の信仰とはまったく無縁の、もっともっと原始的で、すごく恐ろしいもので、そういうものが、いるんですよ、おそらく。そして、例えば動物が巣を持つようにして、ある決まった場所に、例えばこの病田とかツキノワの中に、いるわけですよ。」

 

その時、私がふと目を向けた水田の石碑の辺りに、四足の真っ黒い影のような何かが這い回っているのが一瞬だけ見えたような気がして、身が凍りついたのを今でもよく覚えている。

 

あの日も確か、今日と同じように異常な暑さの夏の日で、それもお盆の時期だった気がする。私は佐々木の震える拳をじっと見つめながら、そんなことを思い出していた。

 

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月白貉