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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

第2話「テレビ」- 昨日の神話

東北で大きな地震があった頃、ぼくは東京のど真ん中の超高層ビルの中のオフィスでデザインの仕事をしていた。

 

あの頃の日々は表面的あるいは物質的には充実していたように思うが、実際のところ精神面では多様なストレスに塗れていて、仕事の内容に関しても得ることより明らかに失うことの方が大きな割合を占めていた。

 

職場でのぼくの席の隣には、ぼくと同時期に入社した年齢がひとつ下の女性が座っていた。様々なタイミングや条件が重なり、ぼくは彼女と時々ランチを共にしてごくプライベートな内容の会話を交わすようになった。ただ彼女は言葉数が極端に少なく、話の内容や表現も直感的もしくはある意味野性的なことが多く、ただ黙って二人で食事を済ませるだけということも度々あった。けれどその沈黙は決して居心地の悪いものではなく、ぼくは彼女のそういう部分に魅力を感じていた。

 

彼女はもちろん正式な戸籍上の名前を持っていたし、職場では当然その名前で呼ばれていたが、はじめて彼女と挨拶を交わした日に、彼女はぼくに自分の名前をルーシーだと名乗った。だからぼくは彼女のことをルーシーと呼んだが、職場の中で彼女のことをルーシーと呼ぶのはぼくだけだったし、その言葉を発した時の周囲の目から発せられる空間を捩らせるような光があまりにも不快だったので、なるべく職場内では彼女の名前を呼ばないようにしていた。

 

ある日彼女と職場の近くの公園でそれぞれが手作りしてきた弁当を食べていると、彼女がいつものようにぼくに唐突な質問を投げかけてきた。

 

「なんでテレビ観るの?」

 

その時に知ったのだが、彼女は今まで生きてきてずっとテレビというものを観たことがないということだった。テレビという機器は見たことがあるが、そのモニターに映し出される世界をまったく知らないと彼女は付け加えた。

 

ぼくは彼女の質問に答えるために自分がなぜテレビを観るのかを考えてみたが、その短い時間では到底真摯に答えを返すことが出来ないと判断したので、正直によくわからないと答えた。そして今度はぼくが彼女に対して質問を投げかけた。

 

「きみはなぜテレビを観ないの?」

 

彼女はその質問に対してすぐに単純明快な答えを返してくれた。その答えは彼女が物心ついた頃、彼女の母親がテレビを観てはいけないと彼女に言ったからだということだった。

 

「テレビには誰かの不幸しか映らないの、だから観る必要はないでしょ。ただもしあなたが大きくなって、ママとは別々に暮らしだして、その時もしあなたがテレビで誰か他人の不幸が観たいと思ったのなら、別に観るのはかまわないわよ。それはあなたが考えることだから。」

 

彼女がぼくに質問した理由は、ぼくが誰か他人の不幸を観るためにテレビを観ているのかどうかということが確かめたかったからだということだった。そして今まで生きてきて、その質問をしてもいいと思えるような人に出会ったのは、ぼくがはじめてだとも言った。

 

「特に意識して誰かの不幸が観たいからテレビを観ているつもりはないよ、でも確かにそう言われてみれば、テレビには圧倒的な割合で誰かの不幸が映し出されている気もする。テレビって中毒性のあるドラッグみたいなものでさ、まあ念のためにぼくはドラッグなんてやったことないから知らないけれど、多くの人はテレビ中毒だからあまり理由もなくテレビを見続けているんじゃないのかな。ただもしきみのお母さんが言うように、テレビに誰か他人の不幸しか映らないのだとしたら、中毒性があるのはテレビじゃなくて他人の不幸ってことだよね。テレビ局はその中毒性を利用して利益を得るために、誰かの不幸をテレビで放映して、人々にテレビを観させてるってことになるかもね。結局世界中のほとんどのビジネスって、そういうことが地面の奥深いところの根っこにあるんだよ、きっとね。」

 

彼女はぼくの答えに対して、特に何の失望も感動もない様子で、何か独り言でも言うように米を咀嚼しながらただ小さく頷いていた。

 

ぼくは彼女に、自分でテレビを観てみたら、人がなぜテレビを観るのかという理由が何かわかるんじゃないのかと冗談半分で言ってみたが、彼女は何も言わずに弁当を食べ続けながら公園の芝生の隅にいる小さな鳥を見つめていた。

 

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