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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

第1話「鳩時計」- 昨日の神話

全国にフランチャイズ展開する街でよく見掛ける喫茶店でアイスコーヒーをすすりながら、その人は唐突に時計の話をはじめた。

 

世の中にはたくさんの時計がある。そのすべての時計の役割というのは、基本的に言えば“時を刻むこと”だということはおそらく変わらないだろうけれど、例えば私という人間を時計の世界の話に例えるとするならば、私はスイスの時計職人によって作られた精巧な高級腕時計ではなく、どこかの名も知れぬ職人が作った木製の鳩時計なのだと彼は言った。どちらも時計には変わりないが一方は性能と素材にこだわり抜いた時計で、物によっては装飾に金やダイアモンドをあしらい値段も何千万もする。しかし私こと安価な鳩時計は性能や素材に特出してこだわったものではない。時を刻むという機能の面にしたって、定期的にかまってやらなければすぐに狂ってしまうようなシロモノかもしれない。けれど、時を告げる度に体から鳩を出すことが出来る。多くの人はその鳩を必要とはしないかもしれないけれど、その鳩を楽しみにしてくれている人がきっとどこかに何人かはいるはずだと確信している。そして何より自分自身が鳩を出すことを楽しみにしているし、それがこの世界の自分の役割だとも感じている。時間なんか間違っていたってすぐ故障したって、他の時計のように正確な時を刻めなくたってそれでもいい。この世界で鳩を出すことに意味がある、そんな風が私なのだと彼は言った。そしてしばらく黙った後に、真冬に注文したアイスコーヒーをストローで一気に吸い尽くした。

 

「もし、この店が冬にはアイスコーヒーを出さなかったとしても、私はそのことに文句を言ったり怒ったりはしやしませんよ。当たり前の話です。どうしても私が冬にアイスコーヒーが飲みたければ、自分でどうにかすればいいんですから。でもそんな時にね、店に文句を言ったり怒ったり批判したりする人がいる。私にはそういうことがどうにも理解できない。」

 

彼はそう言うと、おかわりを貰ってくると言って席を立ち、店の販売カウンターに歩いていった。ぼくが彼の後ろ姿をじっと眺めていると、注文を終えた彼がポケットに何度も何度も手を突っ込んだり出したりして、まるで糸の付いた操り人形のような動きをしはじめた。どうやら財布が見つからないようだった。

 

しばらくカウンターの前でクネクネとおかしな踊りを繰り広げていた彼だったが、店員に何かを告げるとクルリとこちらに振り返って小走りで席まで戻ってきた。ぼくがどうしたのかと尋ねると、財布が見つからないのでアイスコーヒーのおかわりは諦めることにしたという。財布は見つからなくて大丈夫なのかと再び尋ねると、彼はハッとした顔をして両掌を合わせ、目の前の仏像でも拝むようにしてしばらく体を硬直させた。

 

「今日はポケットに千円札を入れてきただけだったんでした。地下鉄代とさっき売店で買ったチョコレートとアイスコーヒーで使い切ったんだ!」

 

「帰りの電車賃、貸しましょうか?」

 

「いやいや、いいんですよ、歩いて帰ればいいでしょう。」

 

そういうことが“時間”というものの流れだと彼は言って穏やかに微笑み、胸のあたりから鳩を出して時を告げた。

 

第1話「鳩時計」- 昨日の神話

 

 

 

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