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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

10月31日のハロウィンに、私がひとりぽっちにならない理由。

小説 小説-短編

「ねえパパ、今日ね、学校休んでもいい?」

 

「えっ、どうして、具合でも悪いの?」

 

「ちがうよ、だって、だってパパね、今日何の日か知ってる?」

 

「今日は、ハロウィンだね・・・。」

 

妻のミキが死んだのは、ちょうど二年前の10月31日、ハロウィンの日の夜だった。

 

私と娘のモネが夕方の散歩に近所の公園に出かけている間に、ミキは自らの意志で向精神薬を多量に摂取し、昏睡状態に陥り、その後搬送された病院で心臓が停止した。二度と再び心臓は動き出すことなく、そのまま彼女は見知らぬ世界へと行ってしまった。

 

ミキが今まで、心に若干の闇を抱えて生きていたことはもちろん知っていた。けれど彼女は私と出会って、二人で時を過ごすようになってから、自らの抱える病の兆候を示すことはほとんどなくなっていた。自分でも、「もう大丈夫だから」と、時々ではあるが静かに、そして自分に言い聞かせるように、私の耳元で囁くことがあった。だから彼女が自ら命を絶ったその日に、彼女の中でいったい何が起こったのか、私にはまったくわからなかった。

 

もしかしたら日々の生活の中で、私に何らかの落ち度があり、知らず知らずのうちにミキの心に負担をかけていたのかもしれなかったし、あるいはなにか別の原因があったのかもしれない。そもそも彼女の抱えていた闇は決して消えてなどおらず、「もう大丈夫だから」と囁いた彼女の言葉は、私に対する彼女の必死のSOSだったのかもしれない。

 

結局のところ、誰かの心の中をはっきりと見通すことなど出来ないのだということ。たとえそれが世界でたった一人しかいないかけがえのない人だったとしても、まったくの見知らぬ他人だったとしても、そのことに関して言えばそこに大した差など存在はしないのだろう。

 

私が知っていたミキの心の中は、単なる私の想像の産物に過ぎず、彼女の中に蠢いていたのは私のまったく想像だにしない不気味な黒々とした塊だったのかもしれない。そしてそれはあの日の夕方に、彼女を深い汚泥に引きずり込んでしまった。

 

ミキがいなくなってから一週間ほど経ったある日、モネが私の目をじっと見つめて問いかけてきた。

 

「ママはなんでいなくなったの?」

 

私も同じことを誰かに問いかけたかった。

 

「ミキはなんでいなくなったの?」

 

でもその時の私には、それを問いかけるべき誰かはもういなくなっていた。

 

「ミキ、きみはなんでいなくなったの?」

 

モネの問いかけを受けた私は、その時飲んでいた酒の影響もあり、おかしなことを口走ってしまった。まだ幼い彼女が、その言葉をどのように受け止めたのかはわからない。ただ子供というのは大人が思っている以上にすべてを知る能力を持っている。おそらく彼女は、ミキが自ら命を絶ったことを、私に問いかけるずっと前から、すでに当然のようにして知っていたのだと思う。彼女が私にそれを問いかけてきた理由は、私に正面の光を見失わせない為だったのではないだろうか。

 

「なんでかって言うとね、モネ、あの日はハロウィンだったからだよ・・・。今ではハロウィンは楽しいお祭みたいにみんな言うけれど、本当はハロウィンは注意して過ごさないと、とても恐ろしい日なんだよ。年に一度、あの日にだけ世界のどこかに現れて、たったひとりの人間だけを選んで、別の世界に連れて行ってしまう魔物がいるんだよ・・・、ママは・・・、それに連れて行かれちゃったんだ・・・。」

 

「なんでママを選んだの?」

 

「あの時さ、ママはお家にひとりぽっちだったでしょ。パパとモネは、ママをひとりお家に残して公園にいってしまったでしょ。魔物はそれをこっそり見ていて、そういうひとりぽっちの人を連れて行ってしまうんだよ・・・。だからあの時、パパがちゃんと、モネと手をつないでいたように、同じようにさ、パパがちゃんとママと手をつないでいてあげられたら、一緒に公園に行こうよって言っていれば・・・、ママはいなくならなかったかもしれないのにね・・・、ごめんね、モネ・・・。」

 

モネがテーブルの上にランドセルをドンと置いた。

 

「そうだよ、今日はハロウィンでしょ、パパ言ったでしょ、お家でひとりぽっちの人を連れて行っちゃう魔物がいるって、パパ言ったでしょ!だから、モネは今日はお家にいないと、お家でパパと手をつないでないと、パパ、連れてかれちゃうでしょ!そんなのやでしょ!だから学校休んでいいでしょ?」

 

「そうだったね・・・、じゃあ、きょうは学校休んで、パパと一緒にお家にいようか。」

 

「うん、だったらもう大丈夫だね、もう安心だね。」

 

「そうだね、モネ、ありがとう、これでもう安心だよ。」

 

10月31日のハロウィンに、私がひとりぽっちにならない理由。

 

昔々、アイルランドのとある貴族の屋敷には、10月31日の夜になると決まって恐ろしい魔物がやって来て、その門を激しく叩いたという。ある年のその日の夜に、たまたまひとりで屋敷の留守番をしていた女中が、激しく叩かれる門の所まで恐る恐る近付いてゆくと、魔物が門の外から声を上げた。

 

「今晩は、何してるんじゃ?」

 

「は、はい、あの、る、留守番をしております。」

 

「ほほう、じゃあ、主人はいないのか、おまえ、ひとりじゃな?」

 

屋敷の主人は出かける直前にその女中に、「魔物が門を叩いて、家に誰かいるかと聞かれても、決してひとりだとは言ってはいけないよ。」と念を押していたのだが、女中はあまりの恐ろしさについうっかり「はい、ひとりです。」と答えてしまった。

 

主人が夜遅くになって帰宅すると屋敷の門は開け放たれており、女中はその門の傍らに血だらけの左腕だけを残して姿を消していたという。

 

そしてもう二度と、帰っては来なかったという。

 

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月白貉

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