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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

クローゼットにはヒトオトシサマがいる、本当は恐い忘れられたフォークロア。

小説 小説-短編

「ビデオカメラが居間のテーブルに置いてあるけど、まさか本当に撮影したの?」

 

「いや、まあ、ちょっと試しに・・・、昼間に原稿を届けにいったから、その時に録画にして、小一時間ほどだけね、きみへの話のネタにと思ってさ・・・。」

 

「へ〜、で、何か映ってたの?」

 

「いや、いやまさか、何も映ってなかったよ、ははははは・・・。」

 

 

妻のミドリには、ビデオカメラに映っていた映像のことは伏せておいた。どう考えても異常なものが映り込んでいたが、あんなものを見せても私が彼女を驚かせるためにいたずらで撮影したものだと思うだろう。あるいはもしかしたら、本物だと思って怯えだすか警察に連絡すると言い出すかもしれない。いずれにせよ、今はまだ彼女に話すべき時ではないと判断した私は、しばらくの間彼女にはこのことを秘密にしておこうと心に決めた。 

 

幸いなことに、居間のすぐ隣の寝室の棚に置いてあったクマのぬいぐるみがなくなっていることには、彼女はまだ気付いてはいないようだった。あれは確か飲み会のビンゴゲームの景品で貰ってきたと話していたし、自分の好みで買ってきたものではないようだった。だから大した愛着もなく、けれどぬいぐるみというものの性質上、変に捨てるわけにもいかずに部屋に無造作に置いてあっただけのものだった。おそらく彼女は、私がそのことを口にでもしなければ、当分は、いやおそらく永遠にあのクマのぬいぐるみのことなど思い出すはずはないだろうし、しばらくはそうであって欲しいと願っている。

 

死んだ祖父が幼い私に話してくれた民間伝承が頭を過ぎった。

 

「いちんちじゅうなあ、戸が締め切られて真っ暗な空間が、家の中にはたくさんあるだろ。天井裏とかさ、床下だとかさ、そこのさ、押し入れだとかさ。そういうとこにはさ、昔っからヒトオトシサマってのがいるから、開ける前にはなからずトントンと叩いてから開けなきゃいけないよってさ、よく婆さんに言われたもんだよ。叩かないで開けるとさ、姿を見られることを嫌うヒトオトシサマに、腕を喰いちぎられるってさ。」

 

関連動画パラノーマルなニオイの謎と、本当は恐いパラノイア臭の関係性。

 

帰宅して動画を確認した直後、私は脳内の血液が急激に白色にでも変色したような気がした。わけの分からない激しい痺れが体を襲い、汚物染みた不快な塊が喉の奥からこみ上げてくるような吐き気に襲われた。しばらくして体の痺れは遠のいてゆき、硬直がはじまった。まともに呼吸さえできない様な気がした。その時間が一瞬だったのかあるいは数十分に及んでいたのかはよく覚えていない。

 

しかし、その次の波がこちらに押し寄せて来る圧倒的な気配を感じた。

 

押し入れの中を確かめなければいけない。

 

ただそれだけが今やるべきことだと悟った時、体は勝手に動き出していた。それは意識と呼べるようなものではなく、まるで夢の中で可能となる大胆な行動にも似た無意識の領域の活動に近いものだった。これが夢ではなく現実なのであれば、動画に映っているものへの何らかの対抗手段を用意しなければならないはずだった。しかしその時の私は、夢の中にいるのも同然だった。台所から包丁を持ち出すわけでもなく、玄関に置いてある傘を手にするわけでもなかった。

 

ただ無言のまま押し入れに近付き、その引き戸にゆっくりと手をかけた。

 

そこで再び無意識の声が私の体を揺り動かした。

 

押し入れを開ける前に、ビデオカメラを手に持たなければならない。

 

 

 

 

 

月白貉

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