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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

隈月(クマツキ) - 『新日本妖怪事典』 -

熊は蝦夷などでは神として崇められているが、地域によっては祟ったり人に憑くことがあり、それを「隈月(クマツキ)」とか「熊月(クマツキ)」、あるいは「熊憑き」と言う。

 

中国、四国地方は全国的にも憑物の多い地域で、様々な動物が人に憑依する。

 

憑物には「犬神」、「狐憑き」、「狸憑き」、「トウビョウ」(これはクチナワ、つまり蛇だと言われる)、「ゲド」あるいは「ゲドウ(外道)」など様々なものがある。この他にも蝦蟇(ヒキガエル)、猫、猿、鼠、珍しいものだと亀も人に憑くことがあるという。「ダリ」や「ダル」、「ヒダル神」とか呼ばれる行逢神も憑物の一種だとされる。

 

石見地方では、月の明るい夜、特に満月の夜とその翌日には、隈月にあうとか隈月に憑かれるといって、山に入ることを禁忌としている。

 

また月の夜だけでなく日中でも、陽の光が届かない暗い山道を長時間歩いていると隈月に憑かれるという。

 

隈月は熊月とか熊憑きとも書かれるように、動物の熊の霊だとされているが、古くは山の神のようなもので、ゆっくりと山の中を移動する巨大な影の姿が、二足で立ち上がった熊のようだったことから熊という字があてられるようになったという。本来の隈月とは「月の光が届かない影にいるもの」というような意味だと捉えられる。

 

隈月に憑かれると突然の激しい飢餓感に襲われ、冷汗が出たり目眩がしたりして足腰がふらつき歩けなくなってしまう。この時には少しでも何か食べ物を口にするとよいと言われていて、これは前述のヒダル神によく似たものである。しかし隈月の場合には一時の飢餓感が去っても憑物は落ちていないことが多く、夜になるとまた激しい飢餓感に襲われ、熊のように唸ったり時には人に噛み付いたりする。

 

隈月は犬を嫌うので、山に入る際には犬を連れてゆけば隈月には逢わないとか、犬のいる家には隈月が入ることが出来ないという。またもし隈月に憑かれた場合には、その者を山に連れて行き、蜂の巣がある樹に一晩括りつけておくと隈月が落ちるとも言われる。これはおそらくは一晩食べ物を与えずに置くということで、山中での応急処置的なものとは真逆のやり方だが、隈月は人に憑いても放っておけばすぐに山に戻ってゆくので、憑かれても長くて数日だと言われている。

 

一方で、この隈月は山の守り神で人に憑くことはなく、憑いたとされているのは別な憑物だとする話もある。ある集落では「クマツキサマ」と呼んで隈月を神聖視する側面も見られ、山中に饅頭型の盛り土のような祠を作って供物を欠かさないという風習を今でも残している。

 

いずれにしても、山奥には不可思議なものがまだまだ存在するということだろう。

 

隈月(クマツキ) - 『新日本妖怪事典』 -

 

 

 

 

  

 

 月白貉