ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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太陽の光

光はいつだって、ぼくの頭上に消えることなく輝いている。

 

でも、そんなあたりまえのことが、時としていろんなことにかき消されて、あるいは騙されて、惑わされて、わからなくなる。

 

光なんて、もう永遠になくなってしまったんじゃないかって、そう思うことがある。

 

太陽はさ、まあいまのところの話かもしれないけれど、いつだってなくなりはしない。ぼくは天文にはまったく無知だから、学術的なことは知らない。けれども、いつも太陽は消えることなく存在するじゃないか、遥か遠くではあるけれども。

 

時にひとたび雲に隠れると、太陽なんてなくなってしまったんじゃないかと思うほど、世界は暗闇に包まれる。もちろん夜だって。でも太陽はなくなってはいない。そこにある。行ったことはないから知らないけれど、そこにあるはずだ。

 

自らを照らす光だって、たぶん太陽と変わりはしない。その存在を勝手にあきらめた人々が、深い霧や厚い雲によって遮られたり、いつ明けるともわからない闇夜に包まれたり、あるいは邪悪な幻想の中で見失ってしまったり、そうやってその存在を勝手にあきらめた人々が、光はなくなったと言っているだけで、けっして光はなくなりはしない。

 

ぼくの友だちのかえるは、「太陽にゆくよ。」と手紙に書き残して、ある日どこかに旅立った。

 

彼がほんとうはどこに行ってしまったのか、ぼくにはわからない。でも彼がそう言うんだから、そこに行ったんだろう。「太陽にゆくよ。」と、そう言うんだから、そこに行ったんだろう。

 

古き友よ、太陽はまだきみの頭上にありますか。

 

それとも古き友よ、いまはきみの足下が、その光の源ですか。

 

そしてもしかしたら、きみ自身が誰かの光ですか。

 

 

 

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月白貉