ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

目に見えている非日常と、目に見えていない本当はコワい日常の穴の話。

前回まで山頂の不気味な無縫塔と、本当はコワいOZUNOの話。

 

オズに指定された日曜夜10時の5分前にOZUNOのウェブサイトにログインすると、キルクというハンドネルームを持つ管理者がすでにチャットに待機していた。

 

その表示を確認してからぼくは一旦ノートパソコンを置いたテーブルを離れ、冷蔵庫からオリオンビールの350ミリ缶と、食器棚からグラスを取り出すと、再びテーブルの椅子に腰を掛けた。

 

ぼくがグラスに注いだオリオンビールに少し口をつけながらチャットにアクセスすると、間髪をいれずにキルクが話しかけてきた。

 

キルク:ハ〜イ、キルクです、はじめまして。

 

シロキ:こんばんは、シロキです。はじめまして。

 

キルク:早速だけどオズから聞いたよ、今度私が行く場所に同行して怖い写真が撮りたいんだって?

 

シロキ:あっ、はい、厳密にはちょっと違うんですが・・・、話の流れとしてはそうです。

 

キルク:ふ〜ん、そっか。オズからは「たぶんまともそうな人だ」って聞いたけど、自分では自分のことをまともだと思う?

 

ぼくはそう言われて、しばらくキーボードを打つ手が止まってしまった。オズと接したのは何通かのメールでのやりとりとチャットで一度だけ会話を交わしたのみだった。オズはそのわずかな情報から、いったいぼくの何がまともだと判断したのだろうか。ただ確かにぼく自身も、オズとのほんのわずかなやり取りの中で、無意識的にオズが一体どんな人間なのかを少なからず読み取ろうとしていたのかもしれない。そしてその判断の中で、もし仮にぼくがオズに対してほんの少しでも友好的な感情を抱いていなければ、つまり彼の言い方に合わせるならば、「オズはまともそうな人だ」と感じていなければ、今回の話は断っていたに違いなかった。

 

キルク:もしも〜し、いますか〜?

 

シロキ:あっ、すいません。自分がまともかどうか、ちょっと考えてたら手が止まっちゃいました。

 

キルク:ふ〜ん、そっか。それで、まともそうだった?

 

シロキ:例えば快楽的な殺人を趣味として繰り返しているとか、部屋の中に魔法陣を描いて真剣に悪魔を呼び出そうとしているとか、強い幻覚成分を有するキノコを常時摂取しているとかってことはないので、そういう意味ではある程度まともだと思いますが・・・。

 

キルク:ははは、そっか。ちなみにいまシロキくんが挙げた項目に限って言えばね、後半の二つはね、私偶然にもやってるんだけど、そんな私はまともじゃないってことかな?

 

シロキ:えっ・・・、悪魔とキノコですか・・・、いや、そういう意味で言ったわけじゃないんですが、すみません。いや、最初のやつをやっていなければ、ずいぶんまともだと思います、すみません、なんかおかしなこと言ってしまって。

 

キルク:ははは、了解。シロキくんはまともそうな人だね。ちなみにいまのは冗談だから本気にしないでね。悪魔召喚もしてないし、毎朝マジックマッシュルームも食べてないから。

 

シロキ:あ、そうなんですか。ちょっと本気にしました、ははは・・・。

 

キルク:で、本題だけど、私の判断的にもシロキくんまともそうだから、一緒に来るのはまったく問題ないよ。ただね、もしテレビなんかでやってるおふざけの心霊スポット巡りみたいなのを想像してるなら、やめといたほうが無難だよ。

 

シロキ:あの、それはつまり危険だということですか・・・?

 

キルク:私がOZUNOで共有してる報告書とか読んだ?

 

シロキ:はい、すべてではないですがざっと目は通しました。正直ちょっと半信半疑な部分もありますが、オズさんもあれは事実だと言っていたので。

 

キルク:うん、まあ普通の生活してたらあんな話異常としか思えないよね。でも、もちろん全部ホントのことなの。でね、一概に危険だとは言えないけど、極端なことを言えば、死んでもおかしくないような状況もあると思う。例えばテレビなんかで取り上げられてる心霊スポットをさ、ディズニーランドのジャングルクルーズみたいなものだとするとね、私が調べに行ってる場所はさ、リアルな南米のジャングルみたいなものなんだよ。

 

シロキ:根底が違うってことですね・・・。

 

キルク:イエス、その通り。これってとても大切なことだから、そのことを踏まえて行くか行かないかを決めてね。というわけで、ひとまず現時点ではシロキくん奮って参加希望ってことにしておくね。まあどのみち参加候補者はシロキくんだけなので、もし行くなら二人だけのラブラブなデートになるけどね。日程とか集合場所とか細かいことは改めてメールで送るようにする。ってことでどうかな?

 

シロキ:ラブラブデートですか・・・。

 

キルク:私とじゃ、お嫌かしら?

 

シロキ:いえいえ、そういう意味ではないです。

 

キルク:ははは、じゃあ今日はこのへんにするけど、ねえ、シロキくん、最後にひとつ聞いてもいい?

 

シロキ:はい、なんでしょうか?

 

キルク:きみさあ、もしかして以前私と直接会ったことない?

 

 

そして、ぼくとキルクがそのトンネルの前まで辿り着いた頃には、すでに午後三時をまわっていた。

 

目に見えている非日常と、目に見えていない本当はコワい日常の穴の話。

 

 

 

 

月白貉