ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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2017-07-22から1日間の記事一覧

鬼畜チャタテムシ、カビ押入れ大戦争日記。

風通しはすっごくいいのに地域柄とんでもない高湿気の部屋の押し入れの手入れをずいぶん長い間怠っていたら、もう中やら中に置かれているものやらが地獄絵図さながらのとんでもないカビ地獄になっていることについさっき気が付いた。 さらには麦わら帽子にチ…

目に見えている非日常と、目に見えていない本当はコワい日常の穴の話。

前回まで:山頂の不気味な無縫塔と、本当はコワいOZUNOの話。 オズに指定された日曜夜10時の5分前にOZUNOのウェブサイトにログインすると、キルクというハンドネルームを持つ管理者がすでにチャットに待機していた。 その表示を確認してからぼくは一旦ノート…