下駄箱ナイトメア
父の葬儀のため実家に帰省したぼくは、葬儀を終えた次の日の夕方、生まれ故郷の寂れた街の中を、なんのあてもなく歩きまわった。
子供の頃、毎日毎日歩いた小学校への通学路に差し掛かると、夏の陽が急激に傾きだした気がした。ふと何かの残像のような記憶が頭をかすめて、何もない虚空に、手を伸ばす。そして、母校だった小学校を見に行きたくなって、かつての通学路を歩き出す。
色を増す夕暮れ時、誰もいない小学校の門を抜け、職員室に見学の許可を取りにゆくと、ずいぶん怪しげな眼差しを向けられる。
ぼくが卒業生で、校内を見学したい旨を申し出ると、「当時の校長の名前は、ご存じですか?」と尋ねられる。
担任の名前なら覚えているが校長は覚えていないと言うと、「そうですか、わかりました、まあいいですよ、どうぞご自由にご覧になってください。」と言われる。
答えられても答えられなくてもどちらでもいい質問を、なぜ投げかけられたのかが、あのやりとりに何の意味があるのかが、しばらくの間、むず痒くてたまらなかった。
もしかしたらあれは教職員ではなくて、勝手に小学校に忍び込んで、職員室にいた人々を皆殺しにした後の、見知らぬ誰かだったのかもしれない。そんなことを考えてみる。
夏休みの小学校には、誰もいない。
誰もいない小学校は、忘れられた冷たい遺跡みたいだと思った。この小学校の中に、いまでも夢によく出てくる場所がある。不思議な光が射し込む入り口の下駄箱。その下駄箱の夢は、決まってすごく怖ろしい夢だった。
なぜだろう、ここでなにかあったのだろうか。
ぼくの浅い場所の記憶は、そのことをもう覚えてはいない。
人はいろんなことを忘れてしまうんだ。
月白貉