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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

本当はオゾい、かくれんぼってしたことありますか?

小説 小説-短編

閉めきった窓の外からでもなお、リリリリリという虫の声が部屋の中まで、まるで部屋の中の本棚の脇や冷蔵庫の陰からでも囁いているように、鮮明にぼくの耳の中に響いてくる。もしかすると、それは外からではなくやはり、どこかの隙間から部屋の中にこっそりと入ってきた虫たちが部屋の中にいて、部屋の中に隠れていて、リリリと言っているのではないかとも思えた。

 

九月に入ってから一瞬だけ陰りを見せかけた夏の暑さが、再び踵を返して飛んで戻ってきて、日中の間これでもかというくらいに自分の存在をアピールしていた日の、そのあとに続く熱帯夜のことだった。

 

ぼくは恋人のミナと一緒に、部屋で食事をしながら酒を飲んでいた。

 

ぼくの作っておいた肉団子のトマト煮込みと、梨とキュウリと豆苗のサラダ、そして茄子のマリネを肴にして、外からなのか、もしかしたら家の中からなのか知れない、静かに聞こえてくる虫の鳴き声を聞きながら、ミナの買ってきてくれたスペイン産の赤ワインを飲んでいると、彼女が唐突に幼かった頃のある遊びの話をし始めた。

 

「ねえ、シュウもさあ、昔さあ、かくれんぼってしたでしょ?」

 

本当はオゾい、かくれんぼってしたことありますか?

 

ミナは薄く切ったカンパーニュでトマト煮込みのソースを拭いながら、横に座るぼくの顔を見ている。ぼくはすぐにはそちらに顔を向けずに、カンパーニュに茄子のマリネをのせて口に頬張り、それをワインで流し込んでから、彼女の方に顔を向ける。

 

「うん、かくれんぼね、よくやったよ。」

 

「わたしもよくやった。でもあれって、楽しいんだけどさ、ちょっと寂しっていうか、恐い遊びじゃない?」

 

「恐いかなあ、例えば、どんなところが?」

 

「だってね、まず鬼がいるでしょ、あれってジャンケンで決めたでしょ、ジャンケンで負けるとね、それまでは人だったのにさあ、突然鬼にされちゃうの、なんかそんなのさあ、なんとなく理不尽だし、ちょっと禍々しくない?」

 

「う〜ん・・・、まあ言ってることはわかるけど、それってかくれんぼだけじゃないでしょ。例えばさあ、そもそも名前からして、鬼ごっこなんてまさにそれじゃん。」

 

「でもさあ、あれはごっこでしょ、ごっこって言ってるじゃない。だから鬼の真似をしてるだけで、鬼じゃないんだよ。でもさあ、かくれんぼはさあ、たぶんあれ、本物の鬼なんだと思うな・・・。」

 

「ふ〜ん、そっかなあ、なんでそう思うの?」

 

ぼくはなんとなくその話を聞き流すようにして、カンパーニュの切れ端でトマトソースを拭って口に頬張る。

 

「だってね、昔・・・、小学校の、確か二年生の頃かな、近所の神社の境内でさ、みんなで遊んでて、その、その時かくれんぼしたのよね。それで、私は鬼にはならなくて、最初に鬼になったのは、えっと誰だっけ、あっ、サチコちゃんだ。」

 

ぼくはワインのグラスを傾けながら、何も言わずにミナの話を、時々相槌を打ちながら静かに聞いていた。

 

「で、まあルールは知ってるでしょ?鬼が目隠ししてさ、数を数えてる間に、他の人は鬼に見つからないような場所を探しだして、そこに隠れるの。そうすると、数を数え終えた鬼が、も〜い〜かいって聞くの。まだ隠れてない場合にはさあ、ま〜だだよ〜って返すでしょ。で、みんな隠れ終わったら、あっ、あれさあ、も〜い〜よ〜って、シュウは言ってた?」

 

「ルールだと、確か言うことになってるけど・・・、あれ言ったらさあ、大体の場所が鬼にわかっちゃうじゃんってことになって、たしかおれたちの時には返事が聞こえなくなったら、もういいよってことにしてたと思うなあ、確か。」

 

「うんうん、わたしもそうだった!」

 

「でしょ、バレちゃうもんね、隠れてる場所が。」

 

「うんうん、でね、そうやって何度か鬼が変っていって、最初に見つかった人が次の鬼になるでしょ。それで結局、確かその時わたしもいれて八人で遊んでて、わたしだけ最後まで鬼にはならずにいたけど、他の人はみんな一回だけ、鬼になったんだよ。」

 

「ふ〜ん、それで。」

 

「それでね・・・。」 

 

ミナが急に話すのをやめ、不安げな表情を浮かべて石になったみたいにして体を強張らせた。そして何か宙に浮かんだ言葉でも探すようにして口を開いたまま、何もないテーブルの上の空間を見つめている。

 

「それでね・・・、もう気が付いたら夕方になってて、日が暮れて来ちゃってて、最後にもう一回だけやって、それが終わったら帰ろうねってことになってね・・・。その時の鬼はさ、一番最初に鬼になったサチコちゃんで、それで同じようにしてさ、もう薄暗くなって、空だけが真っ赤だったんだけど、みんな隠れたんだよ。」

 

「うん、ねえもしかして、これってちょっと恐い話かな・・・?」

 

ミナはぼくのその問いには答えずに話を進めた。

 

「でね・・・、私は鬼からけっこう遠く離れた、神社の入口にある大きな石の鳥居の陰に隠れたの。もう神社の中は暗くてさ、ちょっと怖くなっちゃって、すぐに帰れるようにと思ってね、鬼が目隠ししてる神社の中心から見えないように、鳥居の外側の陰に隠れてたのね・・・。」

 

ぼくは話を聞きながら、再びカンパーニュの切れ端を手に取り、今度は何もつけずにそのままゆっくりと口に運び、けれどやはり食べるのをやめて一度取り皿の上に置いた。

 

「そして・・、鬼のサチコちゃんが数を数える声が聞こえてて、わたしは鳥居の柱にくっ付いてじっとしてたんだけど、どんどんどんどん周りが暗くなっていくの。空だけはなんだか恐いくらいに赤いんだけど・・・、そしたら・・・、サチコちゃんが途中から数えるのやめちゃってさ・・・、も〜い〜かいも何も言わないの・・・。」

 

ぼくは食事の手を止め、黙ったままじっとミナの話を聞いていた。しかしその瞬間に、もしかしたらこれは、いたずら好きのミナがぼくを怖がらせようとして創作している話なんじゃないのかと、不意にそう思った。

 

「ラスト、怖い話でしょ、それ。」

 

ぼくのその言葉がまったく聞こえていないかのようにして、ミナはさらに話を続けた。

 

「あたりは静まり返っててさ、しばらく待っててもさ、サチコちゃんの動きまわる足音も聞こえないし、他の人が見つかったような声も聞こえないし、実はもうみんなかくれんぼやめちゃって家に帰っちゃってて、わたしひとりぽっちになっちゃったんじゃないかと思って、怖くなってきて・・・、だからそっと鳥居の柱の陰から顔を出して、境内の方を覗いたらさ・・・、」

 

その時突然、部屋の中にインターホンのチャイムの音が鳴り響いて、ぼくは「うわっ。」と声を出して、椅子から軽く体を飛び上がらせてしまった。

 

「誰が来たのかなあ・・・?」

 

ミナが不安そうな顔を浮かべてぼくの左手を握った。ぼくが彼女の右手をそっと握り返してから、立ち上がってインターホンのモニターのところまでゆくと、その画面に映し出されてたのは、玄関の扉の前に立っている大勢の子供たちだった。ぼくの腿の辺りから立ちのぼった鳥肌が、ものすごい速さで上半身に駆け上ってくるのがわかった。ぼくはどうしていいかわからずにその場に立ち尽くし、息をするのも忘れたようにしてそこに映る子供たちをじっと見つめていると、インターホンの自動停止機能が働き、プツンと画面が消えて何かどんよりとした色の靜寂が訪れた。

 

「シュウ・・・、誰がきたの?」

 

「いや・・・、いや・・・、なんか、玄関の外に・・・、女の子がいっぱい立ってるんだけどさ・・・、」

 

ミナが大きく息を吸い込むようにして、小さな叫び声のようなものをあげたのでそちらに目を向けると、彼女はブルブルと小刻みに体を震わせながら目を瞑って、両掌を擦り合わせるようにして何かをブツブツと呟いている。

 

「まだです、まだです、まだです、まだです、まあだだよです・・・、まだです、まだです、まだです、」

 

その夜のことを、ミナはあまり覚えてはいないと言うし、彼女はそれ以降も時々、何の脈絡もなく、かくれんぼの話をし出すことがあった。けれど、ぼくはあの夜以来、ミナのかくれんぼの話には、決して付き合わないことにしている。

 

「ねえシュウ、昔さあ、かくれんぼって、したでしょ?」

 

「いや・・・、かくれんぼなんかしなかったよ、だってあれ、恐い遊びじゃん。」

 

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月白貉