ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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カナブンは、アマガエルの夢を見るのか。

ある日、自宅の郵便受けを開けると、中に巨大なアシダカグモと、成長途中の淡い緑色をしたカマキリの子供二匹が、一緒に入っていた。

 

彼らに一緒という意識があったのかどうかは知らないが、郵便受けの中と昆虫たちを人間の世界に例えるならば、三畳か四畳半ほどで風呂無しトイレ流し場共同の、そのくらいの規模の古びたアパートの一室に、目が八つに腕が八本ある母親と、両手に小型の鎌を持ったやんちゃな子供二人が住んでいるようなものだから、おそらくは互いに意識していただろうと、人間目線ではそう思う。お母さんの目と腕はぼくらよりもたくさんあるなあとか、息子たちは鎌を持っているなあとか、双方とも意識していただろうと、人間目線ではそう思う。

 

幸いその時、郵便受けの中には郵便物が入っていなかったので、その過酷な状況の最中、普段の郵便受けに比べたらまさに昆虫戦線か、あるいは昆虫地獄かと言えるほどの空間に手を突っ込む必要はなかったけれど、一瞬体が固まってその情景を見据えた後に、間を置いてから「わっ!」と声が漏れて、反射的に郵便受けの蓋を閉じていた。

 

当然、あちらの面々も驚いたらしく、蓋を閉じると同時に中がバタバタと慌ただしくなった。小さなカマキリ二匹ほどなら飛び回っても微かな気配がするほどだろうが、もうひとり、ぼくの手のひらほどの大きさのクモが入っているわけで、さならがゴム製のスーパーボールを投げ入れたような音がこだましていて、鉄製の郵便受けが気持ちバタバタと揺れ動いているような錯覚に陥る。

 

仕方なく、郵便受けのことはひとまず忘れて部屋に戻ってから、やはり思い返して、いやいやいや、ということになる。今この刹那に郵便屋さんがタイミングよくやって来て、あの昆虫アパートに郵便物でも放り込んだなら、後々厄介な思いをするのは自分だということにはたと気が付いて、不法に我が郵便受けに居座っているデコボコ家族を追い出しにゆかねばならないことを決心する。

 

再び玄関の外に出て郵便受けと対峙してしばし、意を決して蓋を開き、手に持った傘で威嚇を始めようとすると、すでにおかしな家族たちは立ち去った後だったので、胸を撫で下ろした。

 

次の瞬間、何かの気配を感じて郵便受けの上を見ると、アシダカグモと二匹の子カマキリが並んで立っていて、こっそりとこちらの様子をうかがっている。また勝手にアパート住まいを始められても困るので、傘でドンドンと郵便受けを叩いて追い飛ばすと、三匹とも加速装置を発動したかのごとき速さで、脇にある草むらに逃げ込んでいって見えなくなってしまった。特にアシダカグモのスピードは尋常ではなく、子カマキリたちはアシダカグモのスタートダッシュの際に、突き飛ばされるようにして郵便受けから転げ落ちていた。

 

これでしばらくは安心だろうと思い、部屋に戻りながら、再び気にかかったことがある。彼らは互いに意識して、あの空間に居合わせていたのだろうか。大きさから言えばアシダカグモに子カマキリが捕食されてもいいようなものだったが、そんな素振りは見せていないように思えた。郵便受けの外に出てもなお、三匹仲良く連れ添っているように見えた。もし自分が子カマキリだったら、自分の身の丈の何倍もの大きさの別の種族なわけだから、しかもヘタしたらこちらに牙をむくかもしれないのだから、四畳半なんて空間の中に一秒たりとも居合わせたくないと、そう思うに違いない。

 

時々、様々な昆虫たちが、同じ空間にずいぶん密接して居合わせている場面を見かける。例えば樹木の樹液が噴出する場所に群がる多種多様な昆虫たちや、動物の死骸に群がる者たちや、何の変哲もない草原の一角のような場所でさえも、アリとダンゴムシと、他にも何やら数種類の昆虫たちが、ドンドンツクツク頭をぶつけながら集っていることもある。もちろん時には争っていたり、食べられていたりする場面にも出くわすが、意外とそうではないこともある。あれは人間が言うところの意識とか何とか、そういうものを超越しているのだろうか。

 

そんなモヤモヤしたものが、頭を駆け巡った。

 

しばらく部屋で本を読んでいると、喉が渇いてきた。冷蔵庫を開けると、中には消費期限切れの牛乳しか入っておらず、仕方がないので近所の自動販売機まで出向くことにした。玄関を出てちょっと気になって、再び郵便受けを開けてみると、郵便物も入っていなかったが、アシダカグモも子カマキリも入ってはいなくて、少し安心した。

 

歩いて五分ほどの自動販売機にたどり着くと、その表面に二匹の生き物が並んで張り付いており、まるで競争でもしているように上へ上へと駆け上がっている。

 

一匹は綺麗な黄緑色の体をしたアマガエルで、もう一匹は鈍く光り輝く体を持つカナブンである。

 

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しばらくその姿に目を奪われる。アマガエルはカナブンに、カナブンはアマガエルに、チラチラと目線をやりながらずいぶん意識しているんじゃないかと、人間であるぼくはそう感じる。だから競争をしているように見える。けれどもしかしたら、まったく互いが意識外のもので、見えても、感じてさえもいないのかもしれない。

 

見えるとか、感じるとか、意識するとか、そういうことじゃなくて、そこを通り越した、なにか人間が言うところの無意識の領域に、彼らは生きているのかもしれない。

 

そんなことを思いながら彼らの姿を見ていたら圧倒されてしまって、うっかり飲み物を買い忘れて帰ってきてしまった。自宅に戻って、再びいつものクセで郵便受けの蓋に手をかけるが、思いとどまって開くことをやめた。

 

もし今日の夜、夢をみるとしたら、きっとぼくの夢には、アシダカグモや子カマキリや、あるいはアマガエルやカナブンが出てくるかもしれない。けれど、彼らの夢の中に、果たしてぼくが出てくることなどありえるのだろうかと、そんなことを思った。

 

 

 

 

月白貉