ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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モーリス・ホワイトの思い出

モーリス・ホワイトが死んでしまったらしい。

 

昔ぼくの実家は呉服店を経営していたのだが、

 

まあ時代の流れで、片田舎で呉服店などやっていても商売が成り立たなくなり、ぼくの父が店を引き継いだ時から、生地や糸やボタンなどを扱うコットンショップと、レディース・ファッションを扱う、いわゆるブティックなるものの二つのカテゴリのお店に姿を変えていた。

 

父は店のバックヤードに洋楽のカセットテープを山積みにしていて、

 

店でのBGMには、マイケル・ジャクソンやらスティービー・ワンダーやら、アース・ウィンド・アンド・ファイアーやら、そういった選曲をしていた。

 

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時々はJ-WAVEの、特に小林克也がパーソナリティの番組を流していた。

 

店の内容からするとずいぶんとファンキーなBGMだったと思うけれど、ぼくは小さい頃、店のバックヤードで遊んだり宿題をしたりして過ごす時間がずいぶん多かったので、店でのBGMが、ぼくの生活のBGMにもなっていた。だから、よく小学校からの帰り道、聞き覚えの英語でスティービー・ワンダーやらアース・ウィンド・アンド・ファイアーなんかを歌っていた。

 

朝食の際に、相方からモーリス・ホワイトがこの世を去ったと聞いて、ふとそんなことを思い出した。

 

スタンド・バイ・ミー

スタンド・バイ・ミー

 

 

思い出しついでに、もうひとつ。

 

ずいぶん前だけれど、二十代前半の頃、ぼくはとあるマニアックな映画ソフトの店で数年間働いていた。その店は、ちょっと大げさなイメージで言うと、

 

トゥルー・ロマンス」の主人公クラレンス・ウォリーが働いているコミックショップのようなものを想像していただけるとわかりやすいと思う。

 

 

その店で働き出してからしばらくして、ぼくは毎週のように店にやってくる黒人男性と顔なじみになり、彼と世間話をするようになった。彼は大抵は午前中の、それも店を開けたばかりの時間に、ぼくがカウンターで朝食のサンドイッチを食べている時にやってきた。

 

「朝めしかよ!」

 

いつものようにそう言いながら店に入ってくる彼と、そこから他愛もない会話を交わし、その後に少しだけ店の商品を見て回った彼は、

 

「じゃあまたね!」

 

と言って、手を振って帰ってゆくのだ。

 

まあぼくはそれほど英語がバリバリに話せるわけではないから、日本語がまったく話せない彼との会話は当たり障りのないものだったけれど。

 

あるとき彼と映画の話をしていると、

 

店で流している映画のサウンドトラックか何かでアース・ウィンド・アンド・ファイアーの曲が流れたことがあった。

 

何の曲だったかは覚えていない。すると黒人の彼、名前が何だったかも忘れてしまったけれど、彼が、あっ、思い出した、シドニーだ!フルネームも思い出したけれど、ここでは書かない。ファーストネームがオーストラリアでラストネームがアメリカの都市の名前だったんだ。

 

「ワ〜オ!アース・ウィンド・アンド・ファイアーじゃん!ぼくはモーリス・ホワイトと友だちなんだよ!」

 

と、うれしそうに言っていたことを思い出すが、それが本当かどうかは定かではない。ぼくが彼のプライベートに関して覚えていることは、アメリカン・スクールに通う娘の送り迎えのついでにいつも店に顔を見せるということ、家にDVDプレイヤーがないから今のところビデオテープしか買えないということ、そしてモーリス・ホワイトと友だちだということだった。モーリス・ホワイトとどんな感じの友だちなのかも確か聞いたのだけれど、もう忘れてしまった。

 

人はいろんなことを忘れてしまうのである。

 

最後に、シドニーが一度だけ、

 

「今日はさ、ぼくの友だちを連れてきたよ!」

 

そう言って、眼鏡をかけた細身の日本人男性を紹介された。ぼくがカウンターでシドニーといつものように軽い会話を交している間、その日本人男性は店の中をウロウロ見て回っていた。

 

ちなみにだが、基本的にシドニーは店に来ても何も買ってはいかない。なぜならぼくの働く店の品揃えはDVDがメインだったから、ビデオデッキしか持っていない彼には、あまり来る意味のない店だったのだ。まあ映画が好きそうだったから、それが店に来る目的だったのかもしれないし、あるいはぼくとの会話が一番の目的だったのかもしれない。

 

さてその日、シドニーとの会話の中で、ちょっと難しいことを言わないと話が通じないような内容の事柄が出てきた。まあそれはわりといつものことで、そんな時には、

 

「英語だと上手く言えないんだよ・・・」

 

とぼくが言うと、シドニーが、

 

「気にするなよ!」

 

と、にこやかに返して終わりにしてしまっていた。ただその時は、彼の連れてきた日本人の存在があった。シドニーが友だちだというあの日本人なら、たぶん英語が堪能だろうと思って、

 

「彼に通訳してもらおうよ!」

 

シドニーに提案すると、シドニーはナイショ話をするような仕草でニヤニヤしながら、

 

「あいつは英語がまったく話せないんだよ、ふふふ。」

 

と言って笑っていた。

 

日本語のまったく話せないシドニーと、英語がまったく話せないシドニーが友だちだという日本人が、一体どうやってコミュニケーションをとっていたのかは知らないが、もしかしたら言葉なんてものは、誰かとのコミュニケーションにおいては、さして重要なものではないのかも知れない。

 

まあそんなわけで、この文章を書きながら、ずいぶんと久しぶりにアース・ウィンド・アンド・ファイアーの歌を、口ずさんでいる。

 

 

 

 

 

 

 月白貉