銀幕フロントライン
お客が五人しかいない映画館で、前から三番目の列の中央に座り、靴を脱いでじっくりと映画を観る。
映画館で、ひとりで映画を観るのは何年ぶりだろう。
チケットを購入する際に最前列の席を希望すると、「小さな劇場ですので、見上げる形になりますが・・・」と、チケット販売のスタッフに制止される。スタッフの意図としては、ガラガラなのになぜそこに?なぜそんな前に?という、あるいはあれは教育的指導だったのかも知れないが、映画館で働いている人間にしては、あまりにも非魅力的な行動だ。
「う〜ん、じゃあここで。」ちょっと考えて最前列ではなく三列目を選択。でも映画館の醍醐味は最前列だとぼくは常々思っている。実際に三列目に座ってみたらおそらく最前列でベストな雰囲気。ぼくの前の列には誰ひとりいないし、館内を見回す振りをしてそっと人数を数えてみたら、やっぱり全部で五人しかいないので、勝手に最前列に行くことも最後列に行くことも出来たが、でもそこは自分の申請を貫いてみる。
最前列が醍醐味だと言いつつも、本当に最前列で映画を観た経験は、よく考えると数えるほどだった。
印象に深く残る最前列がある。
ずいぶん昔、当時好きだった女の子を誘って、新宿の小さな映画館で観た映画。
テレンス・マリックの「シン・レッド・ライン」。
劇場は超満員で仕方なくの最前列。手の届く位置にスクリーンがあり、縦横無尽に首を動かしながら鑑賞する。よい映画だった。オープニングから心を鷲掴みにされた記憶がある。隣に座っている女の子のことなんかすっかり忘れていた。
映画ってそういうものだ。
あの映画館は、おそらくもう、なくなっていると思う。
月白貉