ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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耳の中の違和感と、本当はコワい真夏の心霊写真交換会の話。

関連する物語邪教徒の影を匂わせる、本当はコワいトンネルの話。

 

トンネルを訪れた日の夜を境にして、ぼくは就寝後に毎晩、真夜中の二時過ぎになると必ず左耳の奥に虫が入りこんだような異物感を感じて飛び起きる日々が続いていた。

 

耳の中に羽を持ったハエほどの大きさの虫が入り込み、耳の内膜をヒタヒタヒタといくつもある細い足ですばしこく這い回りながら、ブズブズブズという激しい羽音を響かせながら、もしかしたら密かにクスクスクスといういやらしい笑い声を上げながら、奥へ奥へと進んでゆくのだ。

 

ぼくはハッとしてベッドから飛び起きて、すぐに左手の人差し指を左耳の穴に突っ込むが、本当に虫が入りこんだのか、あるいは夢現の思い過ごしなのかは定かではない。けれどそれからしばらくの間は、耳の中に虫がいるかもしれないというどんよりとした不安で、まったく眠ることが出来なくなる。

 

そんな時に毎晩のように決まって思い出すのが、高校二年の時に同じクラスだったサエという女の子のことだった。彼女はある夏休み前の金曜日の午前の授業中に、耳の奥に違和感があって頭痛がすると教師に訴え保健室に向かい、その日はそのまま教室には戻ってこなかった。

 

サエは土曜日の午前中も学校を休んだが、月曜日の朝になって憂鬱な顔を浮かべながら登校してきた。ぼくはサエとは特に親しくはなかったのだが、サエがぼくのすぐ横の席だったこともあり、まだほとんど誰もいない教室の中で、金曜日の頭痛のことを小声で尋ねてみた。

 

「金曜日は、どうしたの?」

 

「病院に行ったのよ。」

 

「どこか悪かったの?」

 

「悪くはないけど・・・、」

 

「悪くはないけど?」

 

「耳の奥に小さいクモが入っていて、巣をはって、卵を産んでた。」

 

「えっ!!!」

 

「この話は誰にも言わないで。」

 

サエは金曜日の午後、総合病院の耳鼻科でそのクモと、クモの巣糸に包まれた卵を摘出したと言った。摘出後にはもう耳の中の違和感も頭痛もなくなっていたが、サエはまだ自分の耳の中にクモがいるのではないのかという異常な不安に苛まれ、その夜は一睡も出来ず、結局土曜日も学校を休んだということだった。

 

「もしかしたら卵がひとつかふたつ孵っていて、小さなクモがまだあたしの耳の中にいるかもしれないって思うと、脳の方まで入り込んじゃってるんじゃないかって思うと、気が狂いそうになる。もし耳の中にはもうまったくクモがないくても、あたしが眠っている間にまた入り込んで、また卵を生むかもしれないって思うと、怖くて夜なんか眠れないよ。」

 

ぼくはある日、真夜中の左耳の違和感について、OZUNOのチャットでキルクに相談してみた。キルクの回答は単純明快だったが、その解決策を行動に移すことは、ある意味では不可能に近かった。

 

キルク:考えなければいいよ。

 

シロキ:それはそうだけれど・・・。

 

けれどキルクとチャットで話したその日から、真夜中に左耳の違和感で飛び起きることは二度となくなった。

 

キルク:あのトンネルの中にいた何かと、シロキくんの耳の違和感、関係あると言えばある。でもね、この世界の中で関係ないことなんてないし、ってことはね、ある意味では、すべてが無関係ってことだよ。で、話は変わるけどさ、同窓会での心霊写真の評判はどうだったの?

 

同窓会の夜、ぼくの生まれ育った片田舎の町にある寂れた居酒屋に集まったのは二十二名だった。

 

彼らの多くがいまでも地元を離れずにそこで仕事を見つけてそこで暮らし、あの頃と同じようにそれぞれに交流を持っているようだった。しかし小学校を卒業してからすぐに地元を離れてしまったぼくと彼らとの親密な糸は明らかに断ち切れていて、それははじめからまったく糸でつながれていなかったという状況に比べれば、ずいぶん居心地の悪いものだった。皆がぼくに掛けてくれる「ひさしぶり!」という言葉とは裏腹に、その視線には何か差別めいたものを強く感じた。

 

同窓会の宴が開始されてからしばらくして、当初話に聞いていた同窓会のいち企画としての百物語は諸事情あって絶ち消えたということを、幹事のコイズミくんから聞かされた。ただ心霊写真の企画だけは残留したようだったが、企画はさらに混迷を極めたものに進化を遂げており、それぞれが持ち寄った心霊写真をランダムに譲り合う「真夏の心霊写真交換会」なるものに姿を変えていた。

 

その内容は、各自が持ち寄った心霊写真を一枚ずつ茶封筒に入れ、その茶封筒をさらに箱の中に集め入れ、参加者が順番に箱に手を突っ込んでゆき、箱の中から一枚選んで手に取った心霊写真がもれなく貰えるというくじ引き形式のものだった。自分の持ってきた心霊写真を選ばないようにするための措置としては、茶封筒に自筆で名前のイニシャルを書き入れるという方法が採用された。

 

宴会の中盤でそのルールに則り心霊写真交換会が開始され、全員が箱から心霊写真を選び終えた後で開封式が行われた。開封式とは言っても名ばかりなもので、「開封してください!」という幹事の掛け声とともに、自分の引いた心霊写真をそれぞれがダラダラと茶封筒から取り出すだけのことで、それ以降は酒を飲みながらああだこうだと喋り続ける単なる宴会の延長でしかなかった。

 

ぼくの引いた心霊写真は、どこかの観光地で撮られた家族写真のようだった。激しく滝が流れ落ちる滝壺を背景にして、麦わら帽子をかぶった男の子とその母親らしき人物がカメラに向かってピースサインをしている。二人の周囲に光の玉のような物が無数に飛び交っているのがやや幻想的に写し出されていて、これが心霊写真であると判断された所以なのだろうが、滝壺から飛び散る細かな水飛沫に光が当たって輝いているのではないかと思われた。

 

隣りに座っていたシミズくんがぼくの写真を覗き込んで「オーブだ!」と声を上げた。

 

「おれの見てよ、こんなインチキなやつだよ。」

 

シミズくんが差し出した写真はどこかの墓地を撮影したものだったが、その風景の中の墓石のひとつから明らかに合成だと思われる女性の顔が覗き込んでいた。周囲にいる何人かの心霊写真も見せてもらったが、そのほとんどがスマートフォンのアプリなどによる簡易的な合成写真のようで、中には心霊写真でもなんでもない自撮りのヘン顔というものまで含まれていた。

 

ぼくの予想はあながち間違ってはいなかったわけだ。

 

すると、少し離れた席に座っている異常に濃い化粧をしたカネコさんが大きな声で悲鳴を上げ一枚の写真を畳の上に投げ捨て、その周囲がざわつき始めた。直感的にそれはどう考えてもぼくの持ってきた写真ではないのかと思い、何だかわけもなく可笑しくなって静かに声を上げて笑ってしまった。しかし次の瞬間、あの日のあのトンネルでの悪夢の欠片が体の何処かに再び突き刺さったような鈍い痛みが体を襲い、額からおかしな汗が滴り落ちた。

 

「ちょっと、なにこれ!こんな気持ち悪いものいらないからっ!」

 

畳の上に放おられた写真を覗き込んだ誰もが、人それぞれに一瞬顔に様々な恐怖の表情を浮かべる様子が、ぼくの目にはまるで白黒のサイレント映画みたいにして映し出されていた。

 

ぼくが持参した写真は、キルクと訪れたあのトンネルで一番最後にシャッターを切った十字架の群れの奥の暗闇の写真だった。その写真には、あの時目の前にはまったく存在しなかった朱色をした古びた三柱の鳥居と、その鳥居の下にうず高く積み上げられた無数の苔むした石のような球体と、そして鳥居の笠木の上には、引き千切れんばかりに異常に腕の伸びた全裸で白髪の老婆のようなものが鳥が木の枝に止まるようにしてしゃがんでこちらに視線を向けており、その臀部からは放尿でもしているかのようにして、赤い血のような液体が激しく地面に向けて流れ出ているという、まったく理解不能な光景が写っていた。

 

シロキ:大方の人はあえて口には出さなかったけれど、あんな写真を持ってきたぼくを異常だと思ったでしょうね。だって・・・、あんな意味不明で不快な写真、心霊写真なんてジャンルを超えちゃってますよ・・・。つまり評判としては最悪でしたが、クオリティーとしてはたぶんダントツで優勝です。当然、二次会には誰にも誘われませんでしたけどね。

 

キルク:ははは、そっか。じゃあその誘われなかった二次会の代わりに、私がデートに誘ってあげるよ。

 

シロキ:デートですか?

 

キルク:そう、今度は山奥の廃トンネルじゃなくて、普通のデートだけど、どう?

 

シロキ:廃トンネルじゃないなら、考えるまでもないです。デートにお付き合いしますよ。

 

キルク:オッケー、じゃあまたメールするね。

 

世界の様々なことはすべて関係していて、同時にすべてがまったくの無関係にある。耳の中に虫がいてもいなくても、誰かとの糸がつながっていても断ち切れていても、そんなことは一々なにも考えなければいい。ぼくが何も考えないところで、世界は人知れず構築されている。考えることで生まれるのは、結局恐怖でしかない。そして何かを考えれば考えるほど、世界は恐怖に蝕まれてゆく。

 

キルクはトンネルからの帰り、ぼくとの別れ際にこう言った。

 

「本当はね、今日あのトンネルから自分がどうやって出てこられたのか、まったくわからないの。気が付いたら私はすでにトンネルの外にいて、シロキくんがトンネルに振り返って、トンネルに向けて一歩を踏み出そうとしている背中を見つめていた。だから肩に手を掛けて止めたの、だってもう私は外にいるんだもん。でもね、たぶんシロキくんが、あの一歩を踏み出そうとしていなければ、私は今でもあのトンネルの中から出てこられなかったはずだよ。私をトンネルの外に連れ出してくれたのは、たぶんシロキくんなんだと思うよ。だから、ありがとう。」

 

耳の中の違和感と、本当はコワい真夏の心霊写真交換会の話。

 

 

 

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月白貉