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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

本当は恐い牛蛙の都市伝説と、古代の伝説を狩る者。

小説 小説-短編

夏が終わった頃からだと記憶している。

 

家の台所に面した窓の外から、牛蛙の鳴くような声が毎夜聞こえてくる。

 

時間にすると大抵は真夜中の十二時を過ぎた頃から、おそらくは明け方までのずいぶん長い時間、「モーモー」だか「ウォーウォー」だかいう低い声が唸りを上げている。

 

台所に面した窓の外はコンクリートで埋められた個人宅の小さな駐車場で、しかし一度も車の停まっているところは見たことがない。

 

はじめは声が聞こえだすと気になって何度となく窓を開けて覗いてみたのだが、蛙の姿はおろか虫一匹もいない静まり返ったコンクリートがぼんやりと寝転んでいるだけで、窓を開けても声は聞こえ続けているのだが、開けた途端にどこからどの方向からどの辺りから聞こえてきているのかが全くわからなくなって、気味が悪くてすぐに窓を閉めてしまう。

 

そうやって毎夜のように声がするので、一週間もすると慣れてしまってあまり音のことなど気にせずに床について休んでしまうこともほとんどだったのだが、そんなことが一ヶ月ばかり続いたある夜のこと、やはり台所の窓の外から「ウォーウォー」と声が鳴り出したのと同時に、台所の隣りにある私の寝ている寝室の中に妙な臭いが漂っている事に気がついて目が覚めてしまった。

 

それがどんな臭いかと言えば、私はタバコを吸わないのでよくわかるのだが、不快な煙草の煙の息苦しい臭いと、そしてもうひとつの要素がその煙草の煙に混じっているのだが、それがなんというか血のような臭いなのである。

 

つまりは奇妙どころかずいぶんと不快な臭いが、その声とともに私の身を襲いだしたのである。

 

はじめの日はそれでも何かの気のせいかとも思ってあまり考えないようにして、すぐに眠りについてしまったのだが、次の日もまたその次の日も、音に加えてその不快な悪臭が寝室を漂い出したのである。

 

寝室には換気扇の類がついているわけでもないし、秋も深まりもう寒さも顕著なこの頃に窓を開けて寝ているわけでもない。見る限りでは壁に穴が空いている訳でもないし、寝室にある備え付けの収納の中に臭いの発生源となるおなしなものを置く気遣いもない。

 

さらには日に日にその臭いは増しているような気さえしてくる。人の心というのは何かが気になりだした途端に、その不快だと感じる避けたい対象を幻夢のごとくに扱いだして逆に増幅させてしまう傾向にある。

 

そんな日が半月も続いただろうか、「ウォーウォー」いう声はなんとかなるのだが、臭いに関してはこれがもうどうにも我慢ならなくなってきた。眠りを遮って不眠に陥るまでにはいかないのだが、不快極まりないこと甚だしい。

 

それから再び何日か考えあぐねた挙句に、やはり隣の家の駐車場に何か原因があるのではないかと思い、とある日曜日に初めてその隣の家のガランとしたコンクリートの駐車場に足を踏み入れてみた。駐車場の空間には特に柵や門のような仕切りがあるわけではなく難なく入ることが出来る。

 

しばらくその駐車場の中央に柱でも立てたみたいにじっとして周囲をくまなく探ってみるが特におかしな様子があるわけでもない。その場所から私の家の台所の窓も見えるが、その周囲にもこれと言って異常があるようには見えない。

 

すると突然、駐車場の脇の路肩をトボトボと歩いてきた老人が私に声をかけた。

 

「こんにちは、あの、おたくはここの、住人の方ですかいな?」

 

「あ、いや、あの、私は隣に住んでいるもので、この家のものではないのですが・・・、ちょっと出掛けに物を落としまして・・・、」

 

人様の敷地に入っていることを怪しまれたのだと思った私がちょっとした嘘の言い訳を吐き出していると、再び老人が口を開いた。

 

「はあはあ、物をね。いや、ここが空き家になってずいぶんと経ちますけ、どなたか買われた人がいたかと思いましてね。」

 

「はあ、ここは、空き家ですか。」

 

「ええ、空き家ですよ、もうずいぶんと長い間ねえ。前の住人の方は、私はこの町内じゃないんでよくは知りませんがねえ、なんだかおかしな噂が立って、引っ越しただか、なんだか事故で亡くなったとかねえ。」

 

「事故で?」

 

「いやいや噂なもんでねえ、そんな風なことを聞いただけで、噂なんてものはねえ、悪い方に悪い方に風向きが変わりがちですけ、はははは。」

 

「どんな噂ですか、あの、もし差し支えなければ、教えていただけないでしょうか?」

 

「そうねえ、私が聞いたのは連れからですけどもねえ、なんだかナメカモソウの家だってねえ、いうことですよ。」

 

「ナメ・・・、えっともう一度いいですか、ナメなんですか?」

 

「ナメカモソウねえ、おたくはご出身はこちらですか?」

 

「いえ・・・、私は関東の出身ですが、数年前にこちらに越してきまして。それはこちらの方言かなにかですか、ナメカモソウですか。」

 

「方言かどうかは私もよく知らんけれどねえ、昔からナメカモソウっていうのは、あれですよ、なんていったらいかいなあ、まあ、あのねえ、口裂け女ってご存知でしょう。あの口が裂けてて、ハサミで通りすがりの人を切るだとかねえ、ああいう話。」

 

「ああ、はい、口裂け女は知っていますけれど、あの類の都市伝説ですか・・・?」

 

「都市伝説?まあようわからんけどねえ、昔からこの辺りにはねえ、食用蛙ばかり食べてて蛙みたいな姿になった人間がいて、まあ化け物みたいなものの話ですが、そういのがありましてねえ、それがナメカモソウっていいます。それがねえ、ちょうど昭和の中期くらいだったかいなあ、ナメカモソウが人を襲うっていう事件がありまして、新聞にも出てねえ」

 

「人を?」

 

「蛙では飽き足らなくなったいうて、そういう話です。」

 

吸血の群れ

 

「つまり、人を喰うと・・・?」

 

「そういうことですなあ。」

 

「えっ・・・、じゃあこの家にそのナメカモソウが・・・。」

 

「はっはっはっ、噂ですよ噂、そういう噂が立って、ここの住人が引っ越したという噂です。どうもあまり近所付き合いのない家だったらしくてねえ、このあたりは田舎ですけ、そういうことにわりと排他的なところがあるんですよ。まあでもその後もねえ、誰も居ないはずの家に電気が灯ってただとか、人が出入りしているのを見たとかいう、これもまた噂が重なってねえ、まあ一部の人だけれど化け物屋敷呼ばわりをするもんだから、なかなか買い手がないらしくてねえ。」

 

「はあ、そうですか・・・。」

 

「まあ、気にすることはないでしょうなあ、ただの馬鹿な噂ですけ。」

 

「そうですね、ははは。」

 

「ただねえ、もしねえ、おたくは隣だから、もし牛蛙のような鳴き声がするだとか、おかしな煙たい臭いがするだとかいうことがありましたらねえ、これ、私の名刺ですがねえ、ご連絡ください、ナメカモソウくらいだったらまあ、わけもなく始末できますけねえ、はっはっはっ。それじゃあ、どうも、ごめんください。」

 

老人に手渡された名刺には名前などは一切記されておらず、ただ中央に「萬」と書かれていて、裏の部分にはメールアドレスが記されていた。

 

ancient_demon_hunter@xxxxxx.com

 

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月白貉