ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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さようなら、K-SWISS。

もう十数年前から、ぼくはベルクロスニーカーを愛用してきた。

 

特に長年履いてきたのが、アディダスのスタンスミス、カラーは基本的にホワイトが好み。

 

当時はまだ、靴屋のアディダスコーナーに行けば、必ずベルクロのスタンスミスに出会えた。種類も豊富で、カラーバリエーションもたくさんあり、加えてとてもお手頃な価格だった。でもふと気が付くと靴屋でベルクロのスタンスミスをあまり見かけなくなった。東京に住んでいる頃はネットで買物をすることなんて皆無だったから、店に無ければお手上げ。そして、店で購入した最後のスタンスミスを履き潰してしまうタイミングと同時期に、ぼくは東京を離れてしまった。

 

たぶん十年くらいの間に、スタンスミスを十足以上履き潰したんじゃないだろうか。単純計算すれば一年で一足以上を履き潰していたことになる。靴底がすり減って穴が空くまで、雨の日に歩いていて靴の中がビチャビチャになって、もうダメだってなるまで、最後の最後まで履いて、いつも泣く泣く手放していた。

 

ぼくはよく歩く、すごくよく歩く、東京に住んでいた頃もそうだが、車社会バリバリの地方にやって来た今でも、車には乗らずに移動はいまだに完全なる徒歩。夕飯の買い物に出かけるためだけに往復二十キロ強を歩いていたこともある。ちょっとの散歩のつもりが四十キロくらい歩いちゃうこともある。だから当然、すぐ靴も潰れてしまう。一年履けたら長いほうだろう。

 

東京を離れて地方の山奥で暮らし始めてから、もちろん周囲には靴屋どころか何もない場所だったので、仕方なく初めてネットで買物をすることになる。初めて買ったのが靴だった。ネットで探せば、ベルクロのスタンスミスはあることにはあったが、昔に比べて種類も少なく、さらには値段が、ぼくが買っていた頃の三倍とか四倍で売っている。悩んだ挙句に、違うメーカーのベルクロスニーカーを選ぶことになる。

 

ぼくのベルクロスニーカーを担う二代目のブランドは、K-SWISS。

 

その日から今日まで、約三年の間に三足、やはり一年に一足を履き潰してしまった。そして再びネットを通じて新任のK-SWISSのベルクロを購入しようと思ったのだが、どこを探しても在庫がない・・・。いや、もっと本格的に探せばどこかにはあるのかもしれないけれど、なんだかネットで必死になって欲しいものを探して、どうしてでもそれを手に入れるという行為が、どうも好きじゃあない。だから仕方なく、三代目を探すことになった。

 

結局、三代目に選んだのは、ブラッチャーノという、おそらくは安価な靴を製造するメーカーのもの。

 

名前はなんだかイタリアのブランドみたいでカッコいいけれど、あまり聞いたことのないメーカー。たまたまベルクロを探していたら画面に商品が登場してきて、すっごく安くなっていたので、まあコレにしてみるかと思って、恐る恐るだが色違いを二足、購入してみた。二足で5400円だから、随分お安い。昨日から、そのブラッチャーノのベルクロスニーカーを履いている。安いだけあって、アディダスにはもちろん、K-SWISSにもずいぶん劣る履き心地だと、歩き出しはそう感じたのだが、何事も初対面ではわからないことが多いだろうから、しばらく付き合ってみることにする。

 

そして晴天に恵まれた今日、ベランダで、ボロボロになってソールが剥がれ、靴底に見事な大穴が空いてしまって、その開いたソールの中や靴底の大穴に、路傍の石ころなんかがたっぷり詰まってしまっていた最後のK-SWISSを、一生懸命に時間をかけて綺麗に洗ってあげることにした。もう履くことはないけれど、一年間いつも一緒にいてくれたことへの、ぼくなりのささやかな敬意と感謝を伝えたかった。

 

汗だくになりながら無心に洗った。バケツの水が何度も何度も真っ茶色になった。洗い終えても、そのワイルドな姿はあまり変わらなかったが、最後に気持ちいい笑顔を浮かべたような気がした。

 

洗い終えたK-SWISSは、今ベランダで陽を浴びて、ウトウトと眠っている。

 

さようなら、K-SWISS。

 

いままでのぼくの靴人生、そしてベルクロ人生の中で、最後にそうやって靴と対話を交わしたのは、これが初めてだった。これまでは履き潰すと、ただただ捨ててしまっていた。

 

この数年で、自分の中で何かが変わったのかもしれないし、別にそんなことはまったくなく、何かの気まぐれなのかもしれないけれど、その対話のおかげで、きょうはいつにも増して空が青く感じる。ベランダで居眠りをするボロボロのK-SWISSは、きっとぼくの知らない間に目を覚まして、あそこに飛んで行くつもりかもしれない。だからまだきみが眠っているうちに、こっそり言っておこう。

 

ありがとう、そして、さようなら、K-SWISS。

 

お題「愛用しているもの」

お題「今日の出来事」

 

 

 

 

 

月白貉