ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

サービス付き高齢者向け住宅にいる、本当はコワいサヒウルちゃんの話。

知り合いが働いているというサービス付き高齢者向け住宅で、奇妙な出来事が多発しているという話を聞いたのは、もうずい分前である。

 

その奇妙な出来事自体は知り合いが直接体験したことではないそうなのだが、月に数回行われる全体会議の場で、幾度となく至極真面目な議題として取り上げられているらしい。

 

事の起こりは、とある入居者の老婆が日中、

 

「“サヒウルちゃん”が迎えに来ているから、サヒウルちゃんが玄関のところに来ているから、」

 

と職員に訴えて、頻りに外に出たがるようになったことにはじまるそうで、その老婆は軽度の認知症を発症していたため、当初は誰か親族か知り合いが来ていると思いこんでいるのだろうという対応がなされていた。

 

もちろんその時、その老婆に面会に訪れてきている者などいないし、老婆がサヒウルちゃんと呼ぶ人物が果たして誰なのかも不明だったという。老婆の家族に話を聞いてみても、親族や知り合いの中に彼女がサヒウルと呼んでいた人物などいないと思うという回答しか得られなかった。

 

しかし、それからしばらくして施設で働く夜勤スタッフから挙げられた会議の議題として、同じ老婆が深夜に部屋から出て施設の受付がある玄関までやってきて、やはり「サヒウルちゃんが来ているから、」と外に出たがるのだという。

 

時間は午前一時とか二時だということなので、そんな真夜中に誰かが面会に来ることなどありえない。

 

さらには、その老婆が玄関にやって来ているタイミングに合わせたように、誰も居ないはずの老婆の部屋にあるナースコールの呼び出しがあるのだという。老婆はその部屋で一人で暮らしているので、当然部屋の中には誰もいるはずがないため、ナースコールが鳴るはずはないのである。しかしスタッフとしては念のため部屋に行って確認しなければならない義務があるので、施設のルールとして必ず二人連れ添って部屋を確認しにゆくのだが、もちろんそこには誰もいないし、ナースコールの機器が床に落ちた拍子にボタンが勝手に押されてしまったという状況でもないらしい。

 

そんなことがほぼ毎晩のように続いていたという。

 

はじめてその話が会議で話された後に、機器の接触不良などの原因が考えられるため、メーカーに依頼して機器のチェックを行ったらしいのだが、機器自体には特に問題はみられなかったようで、施設ではそれ以降、「何かがおかしい!」と、ずいぶんな話題になってしまった。

 

それからしばらくして、その老婆が長く患っていた持病が原因で亡くなったことを切っ掛けに、その深夜のナースコールはパッタリと鳴らなくなったという。

 

しかしその数ヶ月後、今度はまた別の老婆が毎日のように、「廊下の奥に子供がいる。」と受付に言いに来るようになったという。一応は確認しにゆくのだが、もちろん普段施設内に子供など入ってくることはないし、他の入居者に面会に来た付添の子供が施設内にいるのであれば把握しているが、そういう状況でもない。前述の老婆と同様、その老婆も軽度の認知症を発症しており、やはり何かの勘違いだという対応がなされていたらしいのだが、ある日その老婆が、「あの子供はサヒウルのお頭様の子供だから、十分注意しなきゃいけないよ。」という意味不明なことを口にし始めたらしい。

 

この発言は知り合いも直接聞いたらしいのだが、「サヒウル」という名前を聞いた時にはゾッとしたと言っていた。他の入居者がサヒウルという言葉を耳にしていたのかどうかは定かではない。念のため知り合いは、「サヒウルさんって誰なの?」と老婆に尋ねてみたらしいのだが、「お頭様だ、お頭様だよ。」としか言わず、やけに不安そうな顔を浮かべていたそうである。

 

その老婆は定期的に息子の家に外泊に出ることがあり、月に何度か施設の部屋を空けることがあるそうなのだが、その日の夜に限って必ず、誰も居ないはずのその老婆の部屋のナースコールの呼び出しがあるという出来事が再発するようになったのだという。

 

やはりナースコールが鳴る度に、老婆が外出中の誰もいない部屋にスタッフが二人で確認にゆくのだが、もちろん誰もない。

 

その後、現在に至るまで、その老婆の部屋での深夜の奇妙なナースコールは続いているようで、原因は不明だということである。夜勤のスタッフの中に、それ以上の恐ろしい体験をした者は現時点まではいないそうだが、その老婆は今でも頻繁に受付にやってきては、「廊下の奥に子供がいる、あれはお頭様の子供だから、注意しなきゃいけないよ。」と言って、不安げな表情を浮かべるという。

 

その都度知り合いは、「お頭様っていうのは誰?」と聞いていたらしいのだが、ある時からそのことを聞くと、老婆は唇に人差し指をビチッと突き立てて、「名前は言っちゃいけないよ、あそこにいる子供に聞こえるだろ。」と言うようになったということである。

 

もしかしたらその場所には、少し箍の外れた人々にだけ察知できる何かが、ウヨウヨといるのかもしれない。

 

今週のお題「ちょっとコワい話」

 

f:id:geppakumujina:20170803170802p:plain

 

 

 

 

月白貉