読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

ぼくがスーパーマーケットのアルバイトを一ヶ月で辞めた理由

小説 小説-短編

 「・・・というのが、まあ簡単な就業規則です。で〜、あとはね、具体的な仕事のやり方は、その場その場でね、覚えてもらいますから、まあ難しいことはあまりないし、大丈夫でしょう。」

 

ぼくがその大型スーパーマーケットのホームインテリア売り場でアルバイトとして働いていた期間は、たったの一ヶ月という短いものだった。そしてそれは短期のアルバイトという意味ではなく、その店でのある出来事が理由で、ぼく自身がすぐにその仕事を辞めてしまったからだった。

 

「あっ、そうだそうだ・・・、あとね、休憩時間はまあ今言ったように基本的に自由にしてください。で〜・・・、この建物の六階が、ウチの事務所とか従業員のロッカー室とか、あとは〜、社員食堂なんかがあるんだけど、そこに休憩室がありますから。あとは〜、えっとねえ・・・、あっ、まいいや、あとはまた追々にしよう。若宮くんは煙草吸うの?」

 

「いえ、ぼくは吸いません。」

 

「ああ、そっかそっか、私も吸わないけど、喫煙室もその六階にあるから、で〜、そこはちょっと狭いので、もし別の場所で吸うなら・・・、まあ吸わないなら関係ないね。じゃあ、そんな感じで、よろしくお願いします。」

 

ぼくはその店のアルバイトを、地元の高校時代の友人の笹崎から紹介してもらった。

 

高校を卒業した後、大学への進学の道を歩んだぼくに対して、笹崎は大学受験に失敗して予備校に通いながら、その大型スーパーの食品部門でアルバイトをしていた。お互いに少し違う道を歩き出したこともあって、いくら地元が同じだからといっても、高校時代のように毎日顔を合わせるということはなくなり、幾分か疎遠にはなっていたのだが、その年の夏の終わりに笹崎から電話があり、自分の働いているスーパーでアルバイトを募集しているからやらないかと誘われた。ぼくはもちろん親元に住んでいたし、アルバイトをせずとも何とかなるような生活を送っていたのだが、笹崎と久しぶりに顔を合わせられるということが大きな要因となって、その話にのることになった。

 

紹介ということもあって最初からぼくの採用はほぼ決まっていて、顔合わせ程度の面接を終えた翌日からすぐに仕事に入ることになったのだが、てっきり笹崎と同じ部門での仕事かと思っていたぼくが配属されたのは、笹崎のいる食品部門とはまったく別の階のまったく別の部門だった。

 

「いや〜、すまん、おれも食品だとばっかり思ってたんだけどさあ、先に人が入っちゃったらしいんだよ、だからもう一個のほうの募集のホームインテリアになったんだって・・・、一緒の売り場だったらいいと思って誘ったのにな・・・、ほんとすまんっ!」

 

「そっかあ、一緒がよかったけどな、まあいいよ、久しぶりに会えたしな。」

 

「そうだな、卒業してからはやっぱ、なかなか会えなくなったもんな、てかまったく会ってなかったし、まあ結局みんなそんなもんなんだろうけどさ。で、どうよ、ホームインテリアは、仕事大変?」

 

「いや・・・、すっごく暇だよ、だってさ、おれがいるとこ大型家具の部門だし、そんな食品みたいに毎日毎日買わないでしょ、タンスとか布団とかさあ。ほとんどが掃除とかレイアウト替えとか、毎日何も買わないのに来るおばあちゃんの話し相手とか、あとはたまに梱包とかあるけどな、基本あの売り場、客もほとんどいないしさ、暇だからちょ〜楽だよ。」

 

「そっかあ、いいなそれ、食品はけっこう忙しんだよ、まあスーパーで一番人がいるの食品売り場だもんな、日用品も一緒の階だし。」

 

お互いが学校もアルバイトも休みだった日曜日に、久しぶりに飯でも食おうぜと言って笹崎に誘われて、地元の駅前のファミリーレストランで待ち合わせて食事をした後、そのままダラダラと店内でくだらない話をしていると、唐突にどこかから二種類のサイレンの音が鳴り響き、店の横の大通りを一台の救急車とパトカーが数台、走ってゆくのがガラス越しに見えた。

 

「あっ、あれウチの店のほうだな・・・、まさか、またあったのかなあ・・・。」

 

「何、またって、何だよ?」

 

「いや・・・、店のさあ、ビルの屋上ってまだ若宮行ったことないだろ?」

 

「うん、ないな。行く用事がないし、屋上に行けることも知らないしな。」

 

「なんかさあ・・・、あそこの屋上からさ、飛び降りがよくあるんだよ。」

 

「えっ・・・、マジで・・・、飛び降り自殺ってこと・・・?こわっ、おれそんな話一回も聞いたことないよ・・・。」

 

「いや・・・、自殺っていうか・・・、自殺じゃないんだよ、屋上からマネキンが飛び降りるんだよ。」

 

「なにそれ・・・、どういうこと?」

 

「おれがあそこで働き出してからで、すでに四回もあったらしいんだけど、屋上からさ、マネキンが隣の空き地に飛び降りるんだよ・・・、地面にバ〜ンって・・・。」

 

「いやいや・・・飛び降りるって・・・、落っこちるってこと?誰かが落っことすってこと?」 

 

「う〜ん・・・、よくわからないんだって、勝手に落ちるわけはないし、警察が来て何度も調べたらしいんだけど、誰かが落としてるわけでもないようだって・・・。まずなんで屋上にマネキンなんかあるんだよって話だけど・・・。屋上さあ、喫煙スペースとしても使われてたんだけど、そのことがあってからほとんど行く人いなくなったらしくって、でさあ、社員のおっさんに聞いたらさ、あのスーパー、去年開店したじゃない、あそこ前はさ、なんかガラ空きの雑居ビルみたいなやつだったじゃない、いちおうちょっとだけ店入ってたけどさ。その後あそこ潰れてさ、今のスーパーになってから、今までに十数回、同じことが起きてるんだって・・・。それでけっこう今、問題になってるらしいよ・・・。」

 

「へえ・・・、そんな話初めて聞いたよ、すぐに噂になりそうなもんだけどなあ。」

 

「なんかやっぱ店のイメージが悪くなるから、いろいろ手を回して情報は出ないようにしてるらしいよ、よく知らないけどな。」

 

店を出た二人はその足でボーリング場に向かい、ボーリングをワンゲームこなしてから同じビルに入っているカラオケボックスで三時間ほど過ごした。カラオケボックスを出るともうずいぶんと日が傾いていて、夏と秋の境目の少し寂しげな匂いを含んだ風が、二人の体の熱を奪うようにして通りを行き交っていた。

 

「若宮、今日の夜なにか用事ある?」

 

「いや、特にないけど、明日も学校午後から行けばいいし、なんで?」

 

「実はさあ、今日話したマネキンのこと・・・、さっき同じ売場のバイトの女の子に、今日シフト入ってる子にね、メールして確かめたらさ、いま返信着ててやっぱマネキン落ちたって言ってて、でさあ、昼間落ちた日って、必ずじゃないらしいんだけど、連続して起こることがあるらしくって・・・、閉店後の夜に、」

 

笹崎がちょっとニヤニヤしながらぼくの顔を覗き込むようにして見つめた。

 

「いやいやいや・・・、お前が言おうとしてることわかったよ、おれ行かないよ、絶対やだ、そんなもん見てもなんの得にもならないし・・・、絶対やだから・・・。」

 

「ちょろっとだけだよ、閉店後に店の前で待ち合わせてさ、ちょろっとだけ、興味あんじゃん、そういうのさあ。おれカメラ持ってくからさあっ!」

 

「はぁっ?なんでカメラ持ってくんだよ・・・。それにさあ、同じ日に二度あるってのがわかってるんだったら、警察とか張り込んでるとかあるんじゃないの?」

 

「いや、それ噂の域だから、絶対じゃないってとこがミソだよ。いこ〜ぜ〜、どうせ行ったって落ちてきやしないと思うし、でも今日の現場を見に行きたいじゃんかっ!マネキンでもさ、ヒトガタの白い線が書かれてたりするのかな!おれまだ事件現場ってもの、本物見たことないしさっ!それにもし万が一落っこちる瞬間とかの写真撮れたらさあ、事件解決につながるかも知れないじゃんっ!」

 

「絶対やだよ、おれそういう恐いの苦手だよ・・・、マネキンが落ちるとか意味わかんね〜し、絶対やばいよ・・・。」

 

その後さんざん押し問答をしていた二人だったが、結局もうどうでもよくなったぼくが折れることで話が進み、その日の午後十時に、笹崎と店の前で待ち合わせることになった。

 

そして、その夜の出来事が、ぼくが店のアルバイトを辞めるに至った決定的な理由の源となった。

 

店の前で待ち合わせた二人は、早速店のビルの脇にある空き地の前に向かい、そこの街路樹の脇にあるベンチに座ってウダウダと雑談をしながら時折ビルの上や空き地に目を向けていた。空き地の周囲には厳重にフェンスが取り付けられていて、立入禁止と書かれた大きなプレートが貼り付けられていた。昼間に起こったというマネキンの事故の痕跡はまったくなく、おそらくはすべて昼間の内に片付けられてしまったのかもしれない。ただ一つだけ気になったことは、その空き地がいったい何を目的としてそこにあるのだろうかということだった。おそらくは十二畳ほどの、団地などに併設された小さな公園くらいの広さのスペースが、地面をむき出しにしてポッカリと空いていた。そこにはベンチや遊具はおろか、草一本生えていなかった。

 

しばらくして、ちょうど十一時を回った頃だろうか、二人の予想には反して、マネキンは確かに落ちてきた。

 

何かの虫の知らせでもあったのかどうか知らないが、マネキンが落ちてくる直前にふと立ち上がってカメラをビルの屋上に向けた笹崎が「わっ!」っという異様に高い声を上げた次の瞬間に、ぼくの目の前の地面の上に「ダンっ!」という何かが爆発でもしたような激しい音が響き渡り、そこには女性の、カツラもかぶっていない、一糸まとわぬ姿のマネキンが、バラバラになって倒れていた。

 

二人はあまりの驚きに、しばらく言葉をかわすことなく地面で崩れ散ったマネキンをじっと、体が凍りついたようにして見つめていたが、背後の通りを走り抜けてゆく車のライトで我に返り、ひとまずはその場を離れようということになった。警察に連絡したほうがいいんじゃないだろうかというぼくの提案に対して笹崎は、明日になれば誰かしらが見つけるだろうし、ましてや落ちてきたのが人間だったら話は違うがマネキンなわけだし、やめておこうと言った。そのまま二人はすぐに別れてそれぞれの家に帰ったのだが、ぼくは家に帰ってからもしばらくそのマネキンのことばかり考えてしまってうまく寝付けなかった。しかしベッドに横になってゴロゴロしている内にいつの間にか眠ってしまったようで、気が付くと部屋の電気をつけたまま朝になっていた。

 

目が覚めてすぐに、ふと枕元においた携帯電話に目をやってみると、笹崎からのメールの着信通知が表示されていた。

 

こんばんは、さっきはどうも。

あのマネキンの写真のことだけど、ちょうど屋上にマネキンが立っているところから、落ちてくるとこ何枚か連続で写真が撮れてたんだけど、ヤバイもの映ってるから送ります。

 

笹崎のメールには数枚の写真が添付されてきていたのだが、携帯電話の画面では写真が小さすぎてよく見えないだろうと思ったぼくは、その場では写真を見ずに、一度自分のパソコンにメールを転送してから、改めてその写真を確認してみた。

 

そこには笹崎がメールに書いているような屋上に立っているマネキンの姿や、落ちてくるマネキンの姿なんてものは一切写っておらず、それどころかそれはスーパーのビルの横で撮った写真ですらないように見えた。

 

そこには真っ暗な闇の中に浮かび上がる古びた石の鳥居のようなものと、その先に薄っすらと、神社の境内に続くような長い石段が写っていた。写真は合計で三枚添付されていたのだが、おかしな風景が映っているのは最初の一枚だけで、残りの二枚は何か濃い靄がかかったようにして斑の真っ白いものが写っているだけで、フィルムで撮られた写真が現像に失敗してしまったもののようだった。

 

笹崎が慌てたか操作ミスでまったく違った写真を添付してきたのか、あるいはぼくのことを怖がらせようとしてわざとおかしな写真を送ってよこしたのか、 それを確かめるためにぼくはすぐに彼の携帯電話に電話をかけてみるが、電波か電源の関係で繋がらないという音声メッセージが流れるばかりで、何度かけ直してもそれは変わらなかった。仕方なくぼくは彼のメールに対して、スーパーのビルともマネキンともまったく関係のない写真が添付されていきているとだけ、返信を送っておくことにした。けれど、その日一日、待てど暮らせど彼からの返信は送られてはこなかったし、電話もまったく繋がらない状態が続いていた。

 

次の日、笹崎がスーパーの屋上から身を投げて死んだという知らせを受けた。彼の遺体からは、本当かどうかはわからないが、首が刃物ででも切り取られたようにして、なくなっていたという。

 

笹崎は死の前日、店の担当者には無断でスーパーのアルバイトを休んでいたということで、予備校にも姿を見せていなかったという。家族の話では、ぼくと一緒にいたあの日の夜、一度家に帰ってきてから再び外出したままで、携帯電話もメールも繋がらなかったということらしい。最後に会っていた家族以外の人間がぼくだったということもあり、ぼくは警察から簡単な事情聴取を受け、結局あの夜に起こったことをすべて、笹崎から送られてきた写真のことも含め、いっさい包み隠さずに話をした。その写真のデータのコピーも証拠として警察に提出することになった。ぼくのその話をどう捉えたのかはわからなかったが、それ以上、警察がぼくに何かを追及してくるようなことはなかった。

 

そしてぼくは、スーパーのアルバイトを辞めた。

 

あの一連の出来事が、あの夜のマネキンのことや、笹崎から送られてきた神社のような不可思議な写真に、一体どんな意味があるのかはまったくわからなかった。ただ、警察に写真のデータを提出した数日後に一度だけ、再び警察から聞きたいことがあると言って電話がかかってきた。

 

「あのですねえ、聞きたいことというのは、ゴラダマ、というものをご存知かなと思いまして。」

 

「えっ、なんですか、ゴラ・・・?」

 

「ご、ら、だ、ま、ゴラダマです。」

 

ぼくがスーパーマーケットのアルバイトを一ヶ月で辞めた理由

 

「いや・・・、なんだかさっぱりですが・・・、それが何か笹崎のことと関係があるんですか・・・?」

 

「あっ、いや、ご存じないなら結構です。質問はそれだけですので、では、また何かあればご連絡させていただきますが、お手数ですがその際にはご協力ください。ではどうも、失礼します。」

 

ゴラダマ・・・。

 

その言葉が何か無性に気になったぼくが、すぐにその言葉をインターネットで検索してみると、検索の上位に表示されたあるウェブログの中に、先ほど警察の言っていた言葉とおそらくは同じものだと思われる言葉が含まれていて、それに関するいくつかの事柄が記されていた。

 

 

あの笹崎の不可解な死は、決してこの数日の出来事の終わりなどではなく、この後にやってくる狂気にも似た竜巻の群れのような災厄の、小さな始まりにすぎないのではないかと思えて、ならなかった。

 

follow us in feedly

 

 

 

 

 

月白貉

人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ follow us in feedly