ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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誰も知らない新たな妖怪を求めて、「新日本妖怪事典」はじめます。 - 『新日本妖怪事典』 -

ぼくは、妖怪が好きである。

 

なんで妖怪が好きになったんだろうと考えると、もちろん幼いころに読んだ水木しげるの本に大いに影響を受けた部分はある。

 

つい先日のことだが、水木しげる大先生はこの世を去ってしまった。誰かが死んでも、それが例えば家族だったり親戚だったり、あるいは親友のような身近な人々であっても、ぼくは絶望的に悲しいと思ったことはない。だって人は、誰しも必ず、いつかは死ぬのだから、それは悲しむべきことではないだろうという思いがあるから。

 

もちろん、何かしら悲しげな気分にはなるけれども、嗚呼、悲しくて悲しくてやりきれないというほどには悲しくなったことがない。

 

けれど、水木しげるが死んだと聞いたときには、なんだか今までにないような、何かがシュンと縮こまるような大きな寂しさを感じた。そのことは今まで誰にも言わなかったけれど、あの時にはなんだか泣きそうになってしまった。あれは一体何だったんだろうと、今でも不思議で仕方がない。そのくらいに水木しげるがぼくに与えた影響は大きかったということなのかもしれない。

 

ただ、ぼくが影響を受けたのは、「ゲゲゲの鬼太郎」を描いていた妖怪漫画家としての水木しげるではなく、純粋な妖怪蒐集家としての水木しげるなのだ。

 

あらゆる文献から妖怪を見つけ出し、日本はおろか世界中を駆け巡って妖怪を探し出し、そしてそれを蒐集し続けた水木しげる。どれだけ妖怪のことが大好きだったのか知れない。たぶん想像だにしないほど、大々好きだったんだろう。

 

水しげるにはまだ到底及ばないけれども、ぼくも、妖怪が大々、大好きである。

 

だから、ぼくも妖怪を探し出そうと思い立った。水木しげるが探し出した妖怪は、おそらくとんでもない数に及ぶだろう。でもこの世の中には、まだまだ、もっともっと未知の妖怪がいるはずなのだ。今からだって遅くはないはずだ。

 

たいした自慢にはならないが、ぼくは「妖怪アンテナ」を持っている。

 

鬼太郎のように髪がピーンと立ち上がる例のあのアンテナ。子供の頃はちゃんとピーンと立ち上がって妖怪に反応したが、大人になった今は少し精度が落ちて、立ち上がりはしなくなった。けれど、まだなんとか稼働しているし、もうちょっと整備すれば、あの頃のようなハイパーな妖怪アンテナに戻るはずだ。昔みたいにちゃんとピーンって立ち上がるくらいにまで復活するかもしれない。

 

今からいったいどれくらいの未知の妖怪が見つけ出せるかはわからないけれど、いつからだってどこからだって、新しいことは、もちろんはじめられる。

 

そんなわけで、誰も知らない新たな妖怪を求めて、『新日本妖怪事典』はじめます。

 

誰も知らない新たな妖怪を求めて、「新日本妖怪事典」はじめます。 - 『新日本妖怪事典』 -

 

 

 

 

  

 

 月白貉