ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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この、キャベツに醤油なんか掛けるなんて、なかなか、おいしいですね。-『トキワ荘の青春』-[映画の味]第四回

近所のスーパーマーケットでレンタル落ちの映画DVDセールを開催していた。

 

そういうものを見かけると、ついつい物色してしまうのがぼくの質であって、大抵はその売場のコーナーを三周か四周かしてしまう。

 

言わばちょっとしたマラソン大会のごとくなのだが、一見しただけでは気付かない掘り出し物なんかは、そういった三周目とか四周目とかにならないと感知できないものなのである。まあでも多くのそういったセールですっごく欲しい映画なんてものが見つかるのは稀であり、十中八九が時間の無駄になる。

 

しかし今回はなかなかの手応えで結局四本ものDVDを買ってしまった。一本380円(税別)であるから、しめて1642円なり、なかなかの無駄遣いっぷりではあるが、まあ映画館で一度映画を観たと思えばそれくらいのものであろう。実を言えば四本以外にもあと二三本欲しいものがあったのだが、涙をのんで厳選の四本に絞ってみた。

 

というわけで、今回はその中の一本から美味しい映画の話をしたい。

 

今回の映画の味は『トキワ荘の青春』である。

 

トキワ荘の青春 [DVD]

トキワ荘の青春 [DVD]

 

 

トキワ荘の青春』は1996年公開の日本映画であり、監督は市川準、個人的にはなかなか好みな作品を数多く生み出している映画監督である。残念ながらもうすでにこの世を去っているが、好きな作品で言えば、

 

ハナ肇とクレージーキャッツのメンバー7人が全員出演していた『会社物語 MEMORIES OF YOU』、椎名誠の作品を原作とした『たどんとちくわ』、そして村上春樹の同名の小説を原作とする『トニー滝谷』などが記憶に蘇ってくる。

 

あの頃映画 「会社物語 MEMORIES OF YOU」 [DVD]

あの頃映画 「会社物語 MEMORIES OF YOU」 [DVD]

 
トニー滝谷 プレミアム・エディション [DVD]

トニー滝谷 プレミアム・エディション [DVD]

 

 

今回購入した『トキワ荘の青春』は、以前からずっと気になっていた作品であるが、一度も観たことがなかった。未鑑賞の映画のDVDというのはあまり買わない質なのであるが、市川準が監督という安心感もあり、ついつい買ってしまったわけである。

 

で、どんな映画かといえば、タイトルを見れば説明など不要だと思うが、かの聖地的なアパート「トキワ荘」に集っていた漫画家の物語である。

 

ぼくはかつて東京で暮らしていた頃、トキワ荘に歩いて行けるくらいの場所に住んでいたことがあった。残念ながらその頃にはもう当時のトキワ荘はなくなってしまっていたので、この目に映すことは叶わなかったが、藤子不二雄の漫画でもお馴染み、例のラーメン店「松葉」は健在であった。ただし入ったことはないし、いまはどうなっているのかもわからない。

 

トキワ荘のメンバーの中で言えば、やはりぼくの世代としては藤子不二雄である。

 

この映画では、安孫子素雄鈴木卓爾が、そして藤本弘阿部サダヲが演じているのだが、映画の中では本木雅弘が演じる寺田ヒロオが物語の中心として描かれている。もちろん、他のメンバー、手塚治虫赤塚不二夫石ノ森章太郎つのだじろう、森安直哉、鈴木伸一なども登場する。他のトキワ荘ものではあまり見ることが出来ないつげ義春が登場してくるところなどは、なかなかおもしろい部分である。

 

つげ義春を敬愛するぼくとしては、ニヤリとしてしまう。

 

そんな漫画家たちの生活が実に淡々と、そしてとても静かに描かれているこの映画の中には、非常に沢山の食事のシーンが出てくる。彼らが一同に集っていた昭和三十年前後の、小さなアパートでの慎ましい生活風景。四畳半に共同トイレと共同の調理場、お金がなくてまともに家賃も払えない漫画家たちの質素な食事風景なのだが、それがなんとも言えないくらい、見つめていると限りなく腹の減る光のように映しだされていて、始まってから終わるまでずっとずっと怖ろしい空腹感に襲われていた。

 

美味しい映画を見つけた時にいつも思うことだが、日常的でなんてことのない食事シーンにこそ、その映画の美味しさの力量みたいなものが滲み出てくる。

 

寺田ヒロオがキャベツと玉ねぎしかないけどねと言って作る酒の肴の、あのありえないくらいに心ときめくシーンはいったい何者なんだろうと思った。画面から衝撃波を喰らってひっくりかえるほどのものだった。

 

なんだかんだと言って、ああいう昭和ど真ん中の質素な食事こそが、根源的に日本人が求めているものなんじゃないのかと、この映画を観て改めて思った。昭和三十年代には残念ながらぼくはまだこの世に生を受けてはいないのであるが、ぼくがまだ子どもだった時代くらいまでは、その残骸みたいなものはずいぶん残っていたんじゃないのかなあと、ふとそんなことを思った。

 

お味噌汁を飯にぶっかけてかきこんだり、何気ない日常の中で冷めて歪になったコロッケを頬張ったり、小さな小さなちゃぶ台で肩寄せ合って食事することなんて、幼いころはあたりまえにあった気がするけれど、ふと気が付けば、いつの間にかなくなってしまった。それが時代のせいなのかどうかはよくわからないし、今でもあるところにはあるのかもしれないけれど、あんな風な景色ってものがやはり日本なんじゃないのかなあと、そう強く感じる。

 

トキワ荘の青春』は、買ってから数日の間に何度か観返したけれど、何度観ても美味しく、そして何やら、あのよい意味での色あせた幸せのようなものが、ズシンとくる映画なのである。

 

今日の夕ごはんは、寺田ヒロオが劇中で作っていた、キャベツの素炒めみたいなやつと、生の玉ねぎをスライスして鰹節をふりかけたやつで、安い焼酎をぐいっと。これに決まりだろうなあと思う、早春の夕暮れであった。

 

最近初めて観た映画の中では群を抜いてよいものだったので、トキワ荘を知っていても、あるいは知らなくても、是非にもオススメしますよ。

 

お題「何回も見た映画」

トピック「日本映画」

 

 

 

 

月白貉