ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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カクサレタモノ - ソノイチ

先日、気になる話を耳にした。

 

ぼくが以前暮らしていた町にある古いトンネル周辺にまつわる話である。

 

カクサレタモノ ソノイチ

 

ぼくの住んでいた町というのは、人口がおよそ400人ほどの小さな山間の集落で、独特の古い歴史を残していることでもよく知られており、その価値が認められて世界的な観光地にも名を連ねている。

 

ただ御多分にもれず、日本各地の多くの地域と同じように、人口の極端な減少だったり住民の高齢化だったりと多くの問題も抱えているようだ。

 

その町の片隅のとある寺院の先に、いまではほとんど使われなくなったという旧道が海沿いの港町へと続いているのだが、その道の町から程遠くない場所、寺院の前を通りすぎてからすぐのところに古めかしいトンネルが存在する。ぼくはその町にいる頃、自動車を持っていなかったため、あらゆるところに徒歩で移動していたのだが、その旧道を通って海まで出るのが好きで、よくそのトンネルを歩いてくぐり抜けていた。

 

その旧道は、港まで出る途中に小さな集落をひとつ通りぬけ、その集落の端で、同じように町から続いている幅の広い新道にぶつかっている。なのでその旧道部分はそれほど長い道のりではないのだけれど、ぼくがその道を何十回も歩いていて、車や人とすれ違ったことは、日に何本か通っている路線バスを除いては一度もなかったので、通る人も車もほんとうにほとんどいないのだろうと思っていつも歩いていた。

 

歩いているぼくにしてみたら、車も人も通らなくて静かでここちのよい散歩道だったわけである。

 

町に住み始めてからしばらくして、その旧道をぼくが好んで使っているという話を地元の何人かの人に話したところ、

 

「あのトンネルのあたりは怖くてよう通らん。」

 

という話を耳にするようになった。具体的におばけやら幽霊が出るとか、治安が悪いとかいう話ではなく、「とにかくこわい」という少しぼやかされた話であった。

 

その話を聞いたあとで、ふと思い返してみると、ちょっと気にかかることが何度かあったなあということを思い出した。

 

すべてちょっと気味が悪いなあとゾッとしたことの部類に入る話なのであるが、箇条書きであげてみたいと思う。

 

トンネルの内壁の水のシミが通るたびにやけに形を変えるなあと思ったことと、見ようによってはずいぶん人の影のような形をしているとういこと。

 

こういう話は、いわゆる心霊スポットなんて呼ばれる場所になっているトンネルではまことしやかに噂される話の代名詞のようなものなのであるが、実際にぼくはトンネルを通過する際にも気になって何度か写真をとったことがある。写真を撮るのに夢中になりすぎて一度何かにつまずいて転んだことさえある。

 

これははじめてトンネルをくぐり抜けた時だけで、おそらく早朝の時間帯だったと記憶しているのだけれど、

 

トンネルの内部と、トンネルの中に入ってから見える反対側の“口”の先の霧が尋常ではなかったこと。

 

そしてもうひとつ、

 

トンネルを抜けた場所の山肌にコンクリートで作られた補強用の古い壁があるのだが、その壁の排水口のような穴から、その時だけとんでもない数のゲジゲジがわき出していて、その壁一面を覆っていたことである。

 

霧の様子はたしかカメラで撮影したが、ゲジゲジはあまりの衝撃的な光景に躊躇して撮影をやめてしまった。

 

よく西洋の恐怖映画などの表現として、なにか邪悪なものの存在が近づいてくる不吉な予兆として不快な生物(例えばハエとかウジとかミミズとか)の大発生というシーンがある。おそらくキリスト教的な聖所に書かれている災の予兆的なことなのだろうけれど、そのゲジゲジはまさにそれに近いものだった。

 

ある日、当時同じ町に住む仕事仲間の女性を誘って山歩きに出かけた際に、途中そのトンネルを通過した。その時は彼女はぼくに何も言わなかったし、その後もそのトンネルのことではぼくに何一つ言わなかったのだけれど、後日、彼女が他の人にトンネルの話をしていたことを、人から伝え聞いたことがある。一緒に山歩きに行った女性はいわゆる“霊感”がとんでもなく強くて、どうやらそういうものが明確に見える人だったらしいのだが、霊が見えたとか何とかではなく、ただ、

 

「あのトンネル、とんでもなくこわかった。」

 

とだけ言っていたそうである。

 

さいごにもうひとつ、

 

町から向かってトンネルの反対側の道の真中に、動物の死体が2体転がっていたことがあった。

 

まあ山の中の細い道路なので、狸や狐やアナグマや、そういった野生動物が車にひかれて死んでいる光景なのであれば、他の場所でも多く目撃したのでそれほど驚くようなことでもないのだが、その動物は山に住む野生動物ではなく子猫だった、そして2体とも首がなくなっていたのである。

 

もしかしたら野良猫が車に惹かれてそういう状態になってしまったかわいそうな事故だったのかもしれないし、他の動物に捕食されてしまったのかもしれないが、2体がまったく同じような状態だったので、ぼくにはずいぶん不可解でゾッとしたのを覚えている。

 

このどれもぼくがまだ「こわい」という話を聞く前のことである。

 

ということで、先日聞いた気になる話に戻ろうと思う。

 

そのトンネルの町側の入口の手前、寺院からそのトンネルまでの道路の脇には、周囲の山から湧き出た水が小さな川となって流れている部分がある。

 

山から湧き出たきれいな水のため、初夏になるとその場所はホタルの名所になるらしかった。山から流れ出るきれいな水の流れる川は町の各所に存在していて、シーズンになると多くの場所でたくさんのホタルの姿を見ることが出来る。別な場所ではあるが、ぼくも何度か連れられてホタルを見に行ったことがある。

 

そんなホタルの名所だらけの町の中でも、そのトンネルに近い場所はいちばんのスポットらしいという話は聞いていたのだが、ぼくはそこには一度も行ったことがなかった。

 

先日、シーズンまっただ中のその場所に、ある知人が日暮れのあとホタルを見に行ってみたというのだが、その知人の話によれば、ホタルはたくさんいたのだが、寺院の前に差し掛かったくらいから、周囲の雰囲気がひどく異常な感じがしてきて、恐くなってトンネルまでいかずに帰ったということだった。一緒にいた仲間のひとりの女性が、

 

「あっちのほうがいっぱいいるよっ、いこういこうっ!」

 

と言ってどんどんどんどん異常なほどトンネルに近付いてゆきたがるので、恐くなって引き止めるのだが、その制止を振りきってどんどん進んでいってしまうのだという。あまりにもこわくなってその知人は、

 

「具合が悪くなってもう歩けないから帰ろう!」

 

と言って強引にその女性を引き止め、帰路についたとのことだった。

 

「あのまま進んでいったら、トンネルの中で彼女がいなくなっちゃうんじゃないかと思ってさ・・・。」

 

と言っていた。

 

ぼくが、いったいどんなふうに異常な感じだったのかとその知人にたずねてみたところ、周囲には川も流れているし、風が吹いていて木も揺れているはずなのに、ある場所に差し掛かった時から、

 

「風がやんで、水の音も木の音も、まったく何も音が聞こえなくなったんだよ。」

 

と顔をひきつらせて言っていた。帰ってからその話を別の仲間に話すと、やはりみんなその異常さに気付いて怯えていたらしく、気付いていないのはトンネルに引きずり込まれるように「いこういこうっ!」と言って進み続けていた女性だけだったという。

 

長くなりだしたので小休止である。

 

 

 

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月白貉