ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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暗い森

「鬼のミイラがあるキボシ神社っていうのは、この山の頂上にあるんですか?」

 

吉田緑がぼんやりと空を仰ぐようにして鳥居を見上げながら、ぼそっとつぶやいた。

 

「いや、山頂ではないようなんだけど、おれの調べた情報だと、この鳥居を抜けてしばらく登山道を進んだ道沿いにあるみたいなんだ、たぶんこの鳥居からそれほど距離はないんじゃないのかと思うんだけれど。ただなあ、ここから見る限りでは神社らしきものはまだ影も形も見えないし・・・、それにこの様子だと、仮にもしその神社があったとしても、たぶん人が頻繁に訪れるような場所じゃないだろうなあ。神主なんて常駐してないだろうし、たぶんね。」

 

「そうですねえ・・・、なんとなく道っぽいものは続いてますけどね。草むらだって言われれば、ただの草むらだし、この草ぼうぼうな感じ、人が通ってないってことですよね。明確な目的がなかったら、いくらこんなデカい鳥居があっても、この先には行かないかもなあ。周りもやたらと鬱蒼としてるし、ここから一気に空気が冷たいような気もするし、ちょっと怖いですよねえ・・・、はははっ。」

 

「うん、たしかにちょっと怖い。まあ、さっきの話の流れでさ、ここが鬼のミイラのある場所だっていうなら、雰囲気は申し分ないけれどね。」

 

「ですねえ・・・、」

 

吉田緑はおもむろに鳥居から離れて、もと来た道の方に小走りに駆けてゆき、再びこちらに振り向くとジーンズのポケットからiPhoneを取り出し、鳥居に向けてカメラのシャッターを何度か切った。

 

「あっ、神狩さん入っちゃいましたっ!入っちゃってもいいですか!?」

 

「ああっ、じゃあそっちに行くよ。おれも写真撮るから。」

 

「はいっ!」

 

ぼくはそう言って吉田緑のいる場所までゆっくりと歩いてゆき、彼女と同じようにして鳥居にiPhoneのカメラを向けた。

 

「きみは、こういうところ入っていくの大丈夫?」

 

「えっ、はいっ!大丈夫ですよ!全然平気です!ちょっと不気味だなあとは思うし、一人だったら絶対行かないけど、まだ真っ昼間だし、心霊スポット行こうぜ!とかじゃないし、まったく問題ないです!私、そういうのダメな人っぽく見えましたか?」

 

「いや、そういう意味じゃないけど、おれもまさかこんな場所だとは思ってなかったからさ。もっと普通の神社かなあと。」

 

「私も、普通の寂れた神社かなあ、くらいに思ってましたけど、でもこういう方が非日常っぽくて刺激があるし、エキサイティングでいいですよね!旅に来たってかんじっすね!」

 

「非日常ね、はははっ、まあそうかもな。そう思ってるくらいなら大丈夫そうだね。それじゃあ、先に進みますか。」

 

「はいっ、行きましょう!」

 

ぼくと吉田緑は改めて巨大な鳥居の正面に並んで立ち、一度だけお互いに顔を見合わせてからその下を静かにくぐり抜けると、薄暗い山の中へと続く草に覆われた登山道らしき道を、足で掻き分けた草が揺れ動き擦れ合うワサワサという音を立てながら、まるでザバザバと水をかき分けて湖の浅瀬でも歩くようにして力強く進みはじめた。その時、山に足を踏み入れたぼくたちに対する警告かのような「ギャーギャー」というあまり聞き慣れない鳥のような鳴き声がどこからともなく激しく響き渡った。

 

「わっ、なんかギャアギャア鳴いてるし、鳥居くぐったらすぐ鳴きましたよね、こわっ、鳥かなあ。あんなギャアギャアって声、聞いたことないなあ、山に入るなって言ってるみたいですね・・・。」

 

「おれも同じようなこと思っちゃった。もしかしたら、獲物が二人入ってきたぞって誰かに教えるための合図、とかね。」

 

「私たち獲物・・・、それ怖すぎですよっ、この雰囲気ではちょっと笑えません、何の獲物ですか、誰かって何ですか、誰かって、人間を捕まえて首狩ったり皮剥いだりする、食べたりしちゃう、そういう頭のおかしいヤツが住んでるとか、ですかね?」

 

「そういう方向か、それちょっとやな怖さだなあ、アメリカのホラー映画でそういうのあるね。テキサスが舞台のやつとか、マウンテンマンとかさ。」

 

「マウンテンマンっ!私それ観ましたよ!タイトルなんでしたっけ?なんだっけなあ、モリがなんとか・・・、」

 

「ああ、クライモリとかいうタイトルだったかな。」

 

「あっ、それ、そんな感じでした!」

 

「きみ、ホラー映画とか観るんだね。」

 

「あ~、いや自分では観ないです、まえ・・・、前付き合ってた彼がそういう映画好きで・・・、一緒によく観たんですよ。」

 

「そっか・・・、ごめんごめん余計な話題に触れたかな、失礼・・・。」

 

「いえいえ、全然そんなことないですよ!そういうことじゃなくて、気にしないでください、別れたのもう随分前だから。」

 

「そっか。」

 

「なんかこうやって話しながら歩いてると、意外と周囲の不気味さ、忘れちゃいますね、ただのハイキングみたい。なんだか、ちょっと異常に寒い気はするけど。」

 

「そうだね、確かにさっきから寒いよなあ、まあ山に入ったから、」

 

その時再び、先ほどと同じ「ギャーギャー」という何かの鳴き声がやはりどこからともなく響き渡り、二人は思わず体をビクリと震わせた。

 

「まじビビった、でもこの先に、本当に神社あるのかな・・・。神社に到達する前に試練としてラスボスみたいなヤツ、そういうの出てきたら、やだなあ・・・。」

 

吉田緑が独り言のように小声でつぶやく。

 

「ラスボス、ラスボスはそうそう序盤から登場しないだろうから、出てきても中ボスくらいかな?って、きみゲームとかするの?」

 

「あっ、はい。あの、最近のオンラインのやつとか、そういうのはまったくやりませんけど、子供の頃、歳の離れた兄の影響で、昔のドラクエとか昔のファイナルファンタジーとかをファミコンのソフトで結構よくやってて、それからもずっとゲームはやりますよ、いまだに昔のゲームばっかりだけど。」

 

「へ~、昔のドラクエかあ、おれも子供の頃ゲームよくやったし、その延長でほんと数年前まではかなりのゲーマーだったんだよ。でも、やっぱりオンラインのやつはまったくやったことないけど。」

 

「マジすかっ!神狩さん、たぶん兄貴と同じくらいの歳かもなあ。」

 

「お兄さんはいくつなの?」

 

「あっ、すいません、なんか誘導尋問になってる気がする!すいません、兄貴の歳は秘密っす、だってそれ言ったら神狩さんから年齢聞き出そうとしてるみたいになっちゃいますから!」

 

「いや、別におれ、あえて歳隠してるつもりじゃないけどさ・・・。」

 

「私、ほぼ初対面なのにすぐ年齢聞く人って嫌いなんですよ、なんかそういうの失礼な気がして、だから自分もそういうのはやめようって、心がけてはいるんです。」

 

「なるほどね、言っていることはわかる気がする。なるほどね、じゃあ当分の間は、おれがどうしてもきみに自分の歳を打ち明けたくなるまでは、おれの歳はきみには秘密にしておくよ。」

 

「どうしても打ち明けたくなるまでって、なんか意味深ですね。」

 

「はははっ。」

 

「あっ、なんか意味不明なこと言って、すみません。」

 

「いや、別に、意味不明じゃないよ。」

 

「神狩さん、さっきから気になってたんですが、なんか水の音聞こえませんか?」

 

「確かに、奥に沢でも流れてるのかなあ。」

 

 

 

月白貉