ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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亡霊ブックシェルフ

時々、本棚をひっくり返して、昔買った本を読み返す。

 

本当にお金のない時期があって、そのために売り払ってしまった本もたくさんある。

 

その亡霊みたいなものも、少なからず本棚には漂っている。

 

いくら新しい本棚に買い替えても、そういうものはずっとついてくる。その中には、ぼくにとって大事な本もあったかもしれない。その時には気付かない。そういうことは往々にしてあることだ。そしてそれは、いまどうこう言っても仕方のないことだ。どうしても手放したくなかった本が、おそらくいまでも残っている。選ばれた本は少しだけれど、そういう本が積み上げられているのが、いまのぼくの本棚だ。

 

ほとんどは15年前とか、20年前とか、そのくらいに買った本だ。なにげなしに本を開くと、まるで子ども向けの飛び出す絵本みたいに、その頃のぼくのまわりの情景が浮き上がってくる。

 

きれいな景色も、汚れた景色も。汗とか涙みたいなものだって、そこにはある。腐った食べ残しや、掃除しきれなかったゴミカスや、色あせた血の痕や、乾燥した汚物や、そういったものだってある。

 

人は、なかなか幸せになんかなれない。少なくとも生きているうちには、なれないように思う。

 

生きるってことは、幸せとか不幸せとかそういうことじゃなく、たとえば本棚に必死で欲しい本を集めて、その本を眺めて、その本の匂いをかいで、なめたりほおずりしたりする日々なんじゃないかと思う。

 

でもその集めた本の多くは時に、売り払われたり、焼かれたり捨てられたりする。自分が自らすることもあれば、誰かにされることもある。

 

本棚の中には、そんなすべての事柄が詰まっているような気がしてならない。

 

転生ブックシェルフ

 

 

 

 

月白貉