ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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明
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美保神社にある鬼女退治の衝立

先日、美保関を訪れた際に立ち寄った美保神社、帰り際にその社務所の横にふと目をやると、なにやら曰く有りげな衝立がさり気なく置いてあることに気が付く。

 

髪の毛のアンテナがビリビリと唸るので、さっそく近付いてよくよく見てみる。

 

その衝立には全面に絵が書かれており、烏帽子を冠った武士のような人物が鬼のような形相をした女を馬乗りになって地面に押さえつけている。武士の右手は脇差しにかけられており、今まさにその脇差しで押さえつけた女の首をはねようとしているかに見受けられる。

 

絵はだいぶかすれてしまっているが、その筆から伝わってくる臨場感と迫力はなかなかの見応えである。

 

絵の右端には「雪山」というかすれた文字の落成款識と、これまた消えかかった落款印のような跡が確認できる。

 

鬼女退治の衝立

 

なるほど、この地にあって雪山といえば、と思いながら更にじっくり見てみようと身を乗り出してみると、武士が携えている太刀の鞘の描写が素晴らしく精密に描かれている。どうやら何かの獣の革をあしらえた重厚な鞘らしく、その毛皮の毛一本一本が靭やかかつ生々しく描かれているのだ。

 

ぼくはしばらくのあいだ時間を忘れてその絵に見入っていると、その後ろから巫女さんがこちらに歩いてくるのが見えたので、ちょっとこの絵のことについてたずねてみることにした。

 

「すみません、つかぬことをお尋ねしますが、この絵はどういったものなんでしょうか?」

 

巫女さんは、「あっ、これですか!」っと言ってちょっと驚いたような素振りであったが、「しばらくお待ちください。」と、とても丁寧に告げると一度社務所の中へ姿を消していった。

 

しばらくして戻ってきた巫女さんの話はこうである。

 

「これはどうやら鬼退治の絵だということでして、ただどういったいわれでこちらに置いてあるのかは、よくわからないそうです。」

 

ぼくが、「そうですか、わかりました、ありがとうございます。」と礼を言うと、巫女さんの後ろから50代くらいの宮司さんらしき人物が登場する。

 

「これはですねえ、母里藩というところで抱えていました絵師が描き残したとされる絵なんですよ、母里藩というと今で言う安来の方ですねえ、ただそれ以外のことに関しては実はよくわかっていないのですよ。」

 

ぼくが、「なるほど、そうですか、ありがとうございます。」と再び礼を言うと、絵の説明をしてくれた巫女さんと宮司さんはニコニコとしながら社務所の奥に戻っていった。

 

母里藩のお抱え絵師で「雪山」といえば、おそらく「長塩雪山」のことであろう。

 

ぼくも詳しくは知らないが、江戸後期の画家で、確か京都出身、以前に島根県の画家の作品として掛け軸か何かがネットオークションに出ていたのを見かけたことがある。

 

まあそれにしても、神社の見どころはやはり普段あまり人目につかないところに潜んでいるあたりが、神社散策の面白味であると常々思うのであった。

 

鞘の描写は必見なので、もし機会があればじっくり見て唸ってほしいものである。

 

 

 

狩野派絵画史

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鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集 (角川文庫ソフィア)

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月白貉