ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ゲルスイワシーシ

物語を考えたり、書いたり、書き終えたりすると、すごく眠くなる。

 

その睡魔はものすごいもので、もう起きていると具合が悪くて悪くて、吐血とか下血して死んでしまうんじゃないのかと思うほどのものがある。今がその状態で、さっきから必死で眠気をこらえている。周囲の気温はおそらく6℃くらいなので、このまま眠ってしまったら風邪をひくか、下手したら死ぬかもしれないから嫌だなあと思っている。眠らなくても眠っても、どのみち死んでしまう。死とはそういうものなのだろう。

 

ものすごく眠い。

 

今眠ったら気持ちがいいだろうけれど、夜に眠れなくなるという恐怖を含んでいる。

 

さっきから窓の外にずっと誰かが立っている影が見える。人の形をしている。時々動く。眠気から来る幻覚だろうか。

 

10日間眠らないでいると、頭頂部と片目がない猿が訪ねてきて足の裏を舐めたがるという話がある。窓の外の影はその猿だろうか。あそこから10日間かけてジワジワと訪ねてきて、10日後に足の裏を舐めたがるという寸法だろうか。

 

ものすごく眠い。

 

もう耐えられないので、最後の手段で、ゲルスイワシーシを食べることにする。

 

ゲルスイワシーシ

 

 

 

月白貉