第九話『事情聴取』- 午前0時の、本当は読まれていない、普通の階段の怪談 -
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、誰にも読まれていませんし、普通の階段の話ですがね。
「川田くん、昨日の今日でほんとごめんね・・・。で、早速で悪いけど、二階の個室でちょっと話そう。」
カラオケボックスの営業は、午後一時からだった。
ぼくがアルバイトをしているアルテミスは、個人経営の小さな店だったため、チェーン展開しているような大手のカラオケボックスとは違って、曜日や時間帯で料金体系が変化するということもなかったし、学生街や繁華街に位置していたわけでもなかったので、日曜の昼間とはいえ客は少なかった。店のカウンターには、昼間のシフトにほぼレギュラーとしてアルバイトに入っている加藤さんという女性がいて、店に入ってきたぼくを見て、笑顔で軽く手を振った。
「川田くん、おつかれさま〜。」
ぼくは入り口のところで加藤さんに「おつかれさま。」と小さく声をかけてから、ユカさんとダイキさんの後を追って二階へと上がった。
「一番でいっか、ここにしよう。」
二階の部屋の一番から四番までは、利用料金が一番安く設定された小さな個室で、大抵の利用客は二人、カップルだったり、同姓の友だち二人組だったり、あるいはなんだかワケのありそうな年齢差のある男女だったりした。料金が一番安いため、常連客が四人とか五人とかでその部屋の利用を希望する場合もあった。店の方針としては、厳密に各部屋の人数制限をしているわけではなかったので、よっぽどのことがない限り、そして部屋が空いている限りは客の希望通りの部屋に案内したのだが、その一番小さな個室に四人も五人も入って、必死で声を張り上げて、ひしめき合って歌っている姿が覗き窓に映るたびに、二時間後には全員窒息死しているんじゃないのかと、スタッフの間ではいつも冗談を言い合っていた。
「さてと、それでね、本題から入ると、さっき電話でも言ったけど、小林くんが行方不明になったらしいということ。警察の人の話だと、行方がわからなくなってからそれほど時間も経過していないし、行方不明かどうかはまだわからないけれど、ご家族から届け出があったので調べているらしいの。とにかく今現在、居場所がわからないことと、携帯電話が通じないこと。あたしもさっきかけたんだけど、電源が入ってないか圏外だっていう例のメッセージで、何度かけてもまったくつながらなかった。でね、あたしは最後に小林くんと電話で話したって言ったでしょ。だからそのことは、そもまま警察の人に話しておいたの。ただね・・・。」
ユカさんは一瞬黙った。
「はい、わかります。」とぼくは応えた。
「うん、川田くんは、小林くんと最後に一緒にいた人だし、そのことも聞かれたの。でね・・・。あたしは、小林くんと電話で話した内容を、川田くんにも言ったけど、体調が悪くなって、一緒に店にいたアルバイトの人にワケを話して早退したそうですって、そう話したの。でもね、それで川田くんがおかしな疑いを持たれたら困るから、その後ね、ちょっと店でトラブルがあって、あたしとダイさんが深夜に店に行ったことも話したのね。川田くんはそこにいて、小林くんはいなかったと。で・・・、そこで実際に起こっていたことを、幽霊だとか化け物だとかって話をしたって、誰も信じないのは知ってるし、意味ないからさ、ましてや警察にそんなこと話したって仕方ないでしょ。だから、適当なことを言っておいたわけよ。具体的に言えばね、設備の故障があって、向かいの坂田さんからの連絡もあったけど、アルバイトに入っている人にも呼ばれたからって。」
「はい、ありがとうございます・・・。」
「ううん、川田くんがどうとかじゃないの、ごめんね。ただ、それを川田くんにも言っておかないとさ、あとでややこしいことになるでしょってこと。向かいの坂田さんのところにも警察は何か聞きに行ってるみたいだからさ。だから、あたしたちはそうやって警察に説明したわけ。だから、もしかしたらね、このあと小林くんがまったく見つからなくて、もしかしたらよ、事件にでもなった時には川田くんのところにも警察が行くかもしれないでしょ。その時に、あたしたちが言ったことと、いろいろ食い違ってたらヤバイかなと思ったわけだよ・・・。」
「ですよね・・・。」
ユカさんは落語のクライマックスでも演じるようにして、ずいぶんまくし立てて話し終えると、部屋のソファーにぐったりと体を埋めた。
月白貉