おおよそ、ゼロ日記。
今日は日記を書く。
誰がなんと言おうと、まあもちろん誰もなにも言わないけれど、いや誰かが何かを言うかも知れないけれど、そんなことは知らねえ、今日の日記を、ありのままに出来るだけ正確に書くと決めたのだ。
いまこの日記を書き始めたら雷鳴が轟いた。雷鳴は好きだ。ワクワクする。昔、幼い頃に、魚釣りに出掛けた祖父が原付バイクで慌てて帰ってきた。たぶん真夏の、昼過ぎ、夕方近くだったと思う。突然の雷雨が周辺の地域を襲った最中だった。
祖父の目の前で、雷に打たれた人がいたそうだ。黒焦げになって死んでいたと、そう言っていた記憶がある。雷鳴が轟き始めてすぐに、祖父は木陰に隠れて雷が過ぎるのを待っていたという。雷に打たれた誰かは、田んぼの真中を傘を指して歩いていたと、祖父は言った。
すぐに救急には連絡したそうだ。携帯電話などない時代の話、公衆電話か、どこぞの民家から連絡をしたのだろうか。
今日は遅くに起きた。九時を過ぎていた。目覚ましは六時と七時と八時に設定していた。六時のアラームを止めたことは覚えている。その他は記憶にない。
もっと眠っていたかったけれど、陰鬱な雨の音と部屋に密かに、そして大量に入り込んだ湿気が、数時間前から眠りを妨げていることを知っていた。
夢は・・・、覚えていないなあと思ったけれど、
いや、少し覚えている。まったく知らない友人らしき男性と組んで、ダブルデートをしていた気がする。相手二人も、現実世界のぼくの記憶にはまったくない女性だった。
ぼくはそのうちのひとりの女性に好意を持ち、なんどかアプローチを試みるが・・・、その後はよく覚えていない。
デートの場所は、夢にはありがちな混沌としたショッピングモールだった。何度も訪れたことがあり、内部の構造も知っているはずの場所なのに、訪れる度に微妙にそのレイアウトは変わり、いや微妙にどころかまったく様変わりしていて、いつも迷ってしまうような広大なショッピングモール。
そんな目覚めを迎える。
朝食を食べるという行為を捨て去って二年と数ヶ月が経過する。いまは一日一食。昼ごはんも食べない。
朝起きて歯を磨き、軽い筋トレをする。その流れで走りにゆきたいが、なかなかに大雨が降っている。でもしばらく悩んだ挙げ句に、雨の中を走りに出かける。走った距離はおそらく六、七キロだろう。
びしょびしょになって家に帰ってくると、玄関に見知らぬ人が立っていて、インターフォンのボタンを押している。なにか気味が悪かったので、その人物の背後を通って、別のフロアまで歩を進める。そしてもう一度玄関の前まで戻ると、見知らぬ誰かはいなくなっていた。念のために建物の外まで歩いていったが、もう誰もいなかった。
この時期に真っ黒いコートを着て、黒いハットをかぶっていた。大雨が降っていたから、レインコートだったのかも知れないが、かなり異様だった。けれど、忘れることにした。
びしょ濡れのスポーツウェアを洗濯機に放り込んでからシャワーを浴びる。
その後のことは、特に日記に書くようなことではなく、細かな掃除をして、雨の中を再び買い物に出掛けて、気が付けばもう日暮れで、食事を作ってワインを飲みだし、気が付くと弱まっていた雨がまた激しくなっていた。
午後の八時頃、インターフォンがなったのでモニターを覗き込むと、昼間に玄関に立っていた黒いコートの男だった。いや厳密には同一人物かどうかはわからないし、男かどうかも定かではない。モニターに映る姿も、玄関先の暗闇と、深々とかぶっている帽子で顔が闇に包まれていて、まったく見えなかった。
日常の中でのそういうことって、すごく恐ろしい。
彼はインターフォンを一度しか押さずに、立ち尽くしていた。そしてそのままインターフォンの映像は、自動でオフになった。
クソみたいな勧誘の場合、そのクソみたいな勧誘員は何度も何度も何度もインターフォンを押し、電気メーターを見上げたりドアを無駄に叩いたりする。某国営の放送局がいい例だ。
けれどその人物は、一度だけインターフォンのボタンを押して微動だにせず、立ち尽くしていた。そして、しばらくすると、そこからいなくなっていた。
いまこの刹那、汁の多い麺類がたべたいなあと思っている。
もう何年も、そういう行為とは無縁な生活を送っている。だからずいぶん痩せたけれど、クソみたいにジャンクな酒ばかり飲んでいるので、たぶん体はボロボロに違いない。
ベーシックなカップヌードルなんか食べたら、いま食べたら、美味しいだろうなあ。
でもその類の食品は家にはないし、外は大雨だから買いに行く気遣いはまったくないし、スコッチとかテキーラでごまかして、死ぬように眠ろうかと思う。
ある程度、純粋な日記がかけたことに、少しだけ満足。
明日はまともに小説に打ち込めるように願うばかりだが、果たして。
まあ、おおよそ、いつだって永遠に、一日なんてコンチクショウな時間でしかない。それをどこまで許容でき、どこまで楽しみ、どこまで追いかけるかで、日々の色は灰色にもなるし、七色にもなる。四十八色にも、パラダイスな無限色にもなるだろう。
なにかに記憶を奪われる前に、眠る。
この日記に何かを感じたなら、その感想は夢の中のぼくを探して、メモを手渡してくれ。必ずそのメモは受け取るし、再び夢の中できみを探し出して、その返事を手渡すから。