ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第三章 - 魔女の罠

前回の話第二章 - 魔女の儀式

 

9月24日の夕方、ぼくがラゴとの軽い挨拶を終えて祖父に言われた通り自宅に戻ろうとすると、彼女はぼくのことを引き止めた。

 

「なんだい、もう帰っちゃうのかい?」

 

「ああ、私が帰れと言ったんだよ。ずいぶん大変なことがあったし、ハクトもいま随分混乱してるだろうから。」

 

「電話で言ってたことかい、まあでもさ、ちょっとそのことでもハクトちゃんに聞きたいことがあるから、この後一緒に三人で夕飯でもどうだい?」

 

「ハクトが構わないならそれでもいいがな、どうだ?」

 

「うん・・・、おれは大丈夫だよ、いや、大丈夫って言ったら嘘になるけど、おれはそれでもいいよ。」

 

「そうこなくっちゃねえ!」

 

ラゴはこちらにその大きな掌に付いた人差し指を伸ばして、ぼくを突き刺すように指差した。その瞬間の彼女の顔は、一見するとぼくのことをものすごい形相で睨みけているようなものだったが、それが笑顔だということにすぐに気が付いた。そしてそれは今さっき彼女が玄関で見せたものとはまったく違う種類の笑顔だった。

 

「そうか、じゃあ、お母さんには爺ちゃんから電話しておくよ。それでと、夕飯って言ってもどうしたもんか。寿司の出前でも取ろうか、ラゴちゃんそれでいいかね?」

 

「そうねえ、きょうは寿司って気分じゃないわね。寿司って言うと、こうパッとさ、豪盛に仕事の後がいいわね。」

 

「そうか、じゃあどうするか、どこかに食べに行くにしても、この辺りにはめぼしい店もないしなあ。」

 

「ピザはどうだい?デリバリーのピザだったらあるだろ。」

 

「ああ、私はそういうもの食べないから、でも確かチラシが、」

 

祖父はそう言って台所の方に歩いていった。

 

ぼくがちらっとラゴの方に視線を向けると、彼女は「私たちも行こうか!」というふうにぼくに目配せをして、祖父の後に続いてズシズシと力強く歩き出した。その姿勢の良く覇気のある後ろ姿は、到底老人には見えなかった。

 

ーーーーー

 

静まり返った薄暗い台所では、祖父が床にしゃがみこんで積み上げられた古新聞の束をかき混ぜていた。その空間には、新聞紙の擦れ合うカサカサという何か小さな生き物の囁きのような声と、壁に備え付けられた古びた時計の針の音だけが単調に響いていた。

 

「ええと、何を頼んだらいいのかな、こういうものは食べないからさ。」

 

「プレーンでいいだろ!トマトソースとチーズだけのプレーンでじゅうぶんだよ。デリバリーのピザに入ってる具材なんてたかが知れてるから、あんなものちゃんとしたピザに比べたら駄菓子みたいなもんだろ。だからさ、シンプルにプレーンのLサイズを三枚も頼めばじゅうぶんろうね。」

 

その言葉を聞いたぼくは内心、「えっ、Lサイズ一人一枚も食べないだろ・・・、しかもプレーン・・・」と思ったが、その言葉は口の中で噛み潰した。しかしデリバリーピザのチラシに隈なく目を通していた祖父がぼくの気持ちを一部代弁した。

 

「えっ、Lサイズってのは、この大きいやつだろ?直径が35センチって書いてあるけれど、そんなに食べられるのかい。私はこの切った欠片を二切れも食べたら十分だと思うが、ハクト、おまえはどんなもんだい?」

 

「おれも、食べて三ピースか四ピースだで十分だし・・・、きょうはそんなに食欲もないから、Lサイズ三枚はちょっと多いと思うけど・・・。」

 

「おやなんだい、みんなずいぶん少食だねえ。あたしなんか一枚くらいペロッと食べるけどねえ。まあ三枚でいいじゃないか、残ったら冷凍庫にでもぶち込んでおけばいいさ。」

 

ーーーーー

 

畳敷きの居間に置かれたまん丸いちゃぶ台を囲み、ピザパーティーとでも呼べるような三人の夕食が幕を開けた。祖父とラゴは安物の赤ワインを、そしてぼくは祖父の家で作り置かれていた麦茶をワイングラスに容れ、ささやかな乾杯が行われた。ラゴはぼくにも赤ワインを飲めとすすめたが、真面目な祖父はそれを断固として断った。

 

ラゴの食べっぷりは、確かに前言にあったようにLサイズのピザ一枚など物ともしないような勢いだった。ぼくと祖父が一ピースを食べる間に三ピースを軽々と平らげ、ワイングラスに注がれた赤ワインを湯水のようにガブガブと喉に流し込んだ。ただその食べっぷりは、豪快でありながらも静かな上品さを兼ね備えていて、見ていて実に清々しいものだった。

 

ラゴはピザを一気に五ピース食べ終えた後に手を止め、口から静かに息を吹き出した。

 

「大して美味くも不味くもないピザだけどさ、やっぱりピザはシンプルなのに限るわよ。」

 

「はっはっはっ、ラゴちゃんは昔とまったく変わらないねえ。」

 

「変わりようがないのさ、あたしたちに変わる余地なんてものは、豆粒ほども用意されてやしないよ。」

 

祖父はワイングラスを傾けながら静かに何度か頷いていた。

 

「さてと、前菜的にピザも食べたことだし、メインの話だけれど。」

 

「うん、私の知っていることは電話で話したことですべてだ。状況を聞いているといろいろ引っかかることもあるが、ただ、こんなことになるとはちょっと予想外だった。で、この話がハクトから来た時、端からラゴちゃんには協力を仰ごうと思ってはいたが、こうなってくると、ことは急を要するかもしれんと思っとる、どうだい?」

 

「あんたの話を聞いてね、まずあたしには解せないことがあるのさ。もしそいつが穴を広げようとしてるならね、そんな首のピラミッドなんか拵えて仰々しい儀式なんかする必要はないのさ、あんたも知ってるだろ。」

 

「うん、その通りで、そこがちょっと引っかかるところだと思ってはいた。だが、近頃そんな大事に手は出さんでいたから、ちょっと考えあぐねていたんだよ。」

 

「おいおい、どうしちまったんだい、しっかりしとくれよ。老けたのは外見だけじゃなくて中身もかい。」

 

「はっはっはっ、ラゴちゃんにそう言われちゃあ、ぐうの音も出んな・・・。」

 

「あの場所の元穴は何だったんだい?」

 

「ゴンゴの祠だ。」

 

「なんだとっ、また厄介な場所に団地なんか建てやがったもんだね、まったく近頃の人間ときたら馬鹿野郎ばかりかい。」

 

「まあ、今に始まったことではないさ。」

 

祖父は左手の握りこぶしを唇に強く押し付けた。

 

「それでだよ、おそらくだが、今回のその死体やら首やらってのはさ、あんなものは奴らの手口じゃない。本気でヤミゴラ開けに来てるならちょっとした能力者を捕まえて種付けして、穴繭にしちまえばいい。だからさ、その団地で殺しまくってるやつは向こう側の本体じゃない。ハーフにされちまった人間の仕業だ。そして、やってることだが、腹が減ってるか、単に遊んでるだけか、あるいは、あたしたちに対する目くらましを指示されてて、本体が他の場所でヤミゴラ開けだしてるってことも考えられるが、元穴がゴンゴだって言うなら穴開けるならそこだろうね。だから首や死体は、今動き回ってるハーフよりも強力な能力者を誘き出して穴繭にするための罠だと見て間違いないだろうと思う。つまりはだ、あたしたちみたいなのが来るのを、手ぐすね引いて待ってるって可能性があるわけだ。」

 

「ハーフか・・・、私はてっきり塩田さんの娘が呼んでしまった下っ端だとばかり思ってたが。でも、そいつが塩田さんの母親の姿をしてるっていうのは、どういうことだい?」

 

「ハクトちゃん、その首噛み付いてるやつを直接見たってのは、塩田とかいうあんたの友だちの母親だけかい?」

 

「はい、だと思います。」

 

「じゃあ、あんたその家の娘は見たことあるかい?」

 

「佳子ちゃんですよね、はい、見たことあります。」

 

「じゃあ、生きてる時の婆さんの方は?」

 

「はい・・・、何度も見たことあります。」

 

「その二人の顔、もしかして似てやしないかい?」

 

「あっ・・・、はい、似てると思います・・・、塩田もその話よくしてたし、婆ちゃんの若い頃の写真が妹にしか見えないって。あと塩田、絵が上手かったんですけど、一度妹の顔デッサンしてて、その似顔絵にシワとか描き足して老けさせてみたら、完全に婆ちゃんの顔になったって、そう言ってました。」

 

「これで随分わかってきたじゃないか、母親が目撃したのは死んだ婆さんじゃなくて、ハーフにされて体が巨大化した状態の娘だね、きっと。」

 

「娘の首だけ見つからないってのは・・・、」

 

「そりゃそうだろうねえ、まだ動き回ってんだからさ。」

 

「じゃあ、本体は?」

 

「もちろん、同じ場所にいるだろうねえ。あたしが出張っていって、捨て駒のハーフとイチャついてるすきを見て後ろからブスリってわけだ、泣かせるねえ。」

 

「じゃあ、どう動く?」

 

「もちろん、二対一じゃねえ、さすがのあたしも分が悪い。つまり、あんたと、そしてハクトちゃんにも戦力になってもらうっていう、作戦でいこう、相手の裏をかいて二対三だよ。」

 

「えっ・・・、おれも!?」

 

第三章 - 魔女の罠

 

 

 

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月白貉