ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ねえきみ、本当にコワい心霊写真って撮影したことあるかい?の話

トンネルの前まで辿り着いた頃には、すでに午後三時をまわっていた。

 

その日の空は呆れ返るほど幻想的な晴天で、かつて空に雲というものが浮かんでいたという事実が記憶から抹消されるほどに、まったくと言っていいほど雲ひとつない青々とし過ぎた夏空だった。極端に言えば、もうこれで夏の空を二度と見ずに死んでも十分だと思えるほどに、いまでもあの空のことが脳のシワの溝に濃厚な液体の名残のように染み込んでいる。

 

ただその日ぼくの身に起きた出来事は、その青い空の記憶と同じ溝に入り込んだドロドロとした体を持つ闇色のナメクジのようにして、いまでも不快な粘液を引き釣りながら蠢き続けている。

 

インターネット上のとあるコミュニティーでキルクというハンドルネームの女性と知り合いになったのは、その日から遡ってわずかに一ヶ月前のことだった。

 

そのコミュニティーというのは、いわゆる心霊スポットや心霊写真の情報共有を目的としたもので、ただインターネット上に数多に存在するその手のものとは一風変わっていて、コミュニティーのメンバーになるためには、管理者から出されるテストをクリアしなければならないというルールが存在した。そしてもうひとつのルールとして、テストをクリアしてメンバーとして参加する権利を得た際には、管理者となっている3人のメンバーに自身の明確な個人情報を提示すること、つまり自分が現実世界の中で誰であるかを証明することが義務付けられていた。

 

そのため、インターネット上のコミュニティーにありがちな匿名性を排除したことにより、そのコミュニティーにはある程度以上の秩序あるいは礼節が存在した。ただそのハードルからメンバーの数は他のものに比べれば圧倒的に少なかったし、もちろんハードルの高さの理由は、第一段階として設けられたテストによるところが大きいと言えた。

 

ただそのテストも、噂によれば固定のものではなく、参加希望者の傾向によって人それぞれに変えられているという話だった。個々の傾向の判断基準に関しては不明だが、参加希望者に対してまずは三つの質問が用意されいて、テストに進むにはそれに答える必要があった。

 

Q1、あなたの好きな血の色はなんですか? 

A、赤 B、緑 C、黄 D、その他(        )

 

Q2、あなたの苦手なものはなんですか? 

A、数珠 B、十字架 C、その他(        )

 

Q3、あなたが睡眠中、夢によく出てくるものはなんですか?

A、人間 B、幽霊 C、猿のような男 D、その他(        )

 

三つの質問に答えたぼくに課されたテストの内容は、寺院にある無縫塔の写真を撮影してくるというものだった。

 

テスト内容:寺院などにある無縫塔(むほうとう)の写真を撮影して、そのデジタルデータを専用のフォームから送信して下さい。無縫塔とは、その寺院の歴代の住持など、僧侶の墓塔として使われる上部に丸みをおびた長い卵型の墓石のことです。場所、状態などは問いません。倒れたり割れたりしているようなものでも構いません。

 

ぼくはこのテストの内容を受け、近所にある寺院の裏山の頂上で見かけたことのある朽ち果てた年代不明の古い無縫塔の写真を撮影して、専用フォームを介して自分のメールアドレスとともに管理者に送信した。するとその数日後、一通のメールが届いた。

 

シロキ様

 

はじめまして、こんにちは。心霊探訪コミュニティー「OZUNO」のオズと申します。この度は当コミュニティーへの参加をご希望いただきありがとうございます。テストの回答内容を審査させていただきました結果、シロキ様のコミュニティーへの参加を許諾させていただきます。参加に際する個人情報登録に関してましては、別途改めてご連絡差し上げます。なお今回出題させていただきましたテストの内容に関しましては、一切の口外をなさらないようお願い申し上げます。ひとまずは、こちらを審査結果のご連絡とさせていただきます。ようこそ、OZUNOへ。

 

OZUNO管理メンバー オズ

 

ぼくがそのコミュニティーに参加しようと思った切っ掛けは、本物の心霊写真を撮影したいという実に純粋なものだった。けれどぼく自身は、特に幽霊に興味があるとか、心霊スポット巡りを趣味にしているとか、心霊写真のコレクターだとか、あるいは心霊映像に特化した動画を撮影して公開しているユーチューバーだとか、そういったことではまったくなかった。

 

OZUNOに参加する三ヶ月前、もうほとんど音信不通になっていた小学校時代の懐かしい同級生から携帯電話に連絡があり、久しぶりに小学六年生の時のクラス会を開催するので、都合をつけてぜひ参加して欲しいという誘いを受けた。ぼくの携帯電話の番号は実家に電話をして入手したらしいが、用心深いぼくの母親に詐欺ではないかと疑われて困ったと笑いながら話していた。さらに夏ということで趣向を凝らし、今回の同窓会の企画として百物語を執り行うので、当日話すためのとびっきりの怖い話をひとつと、オリジナルの心霊写真を一枚用意の上参加してくれというまったく無茶苦茶な要望も告げられた。

 

怖い話ならいくらでもでっち上げられるが、一体どれだけの人が、オリジナルの心霊写真を撮影したことがある経験など持っているだろうか。当然ぼくは生まれてこの方、幽霊なんてものを見たこともないし、そもそもカメラ自体をほとんど使わないぼくは、もちろん心霊写真なんてものを撮影したこともなければ、誰か知人が撮影したという現物さえも見たことはない。そして一体どこで、どんなタイミングでカメラのシャッターを切れば心霊写真が写るのかなんて、まったく想像もつかなかった。

 

後から考えれば、おそらくその心霊写真のことに関しては半ばジョークであり、もし持参するにしても、パソコンで加工したものか、あるいはスマートフォンのアプリで合成したもののような、偽物の心霊写真でも事足りたはずだった。しかしぼくは誘いを受けた次の日から、何としてでも自分で撮影した本物の心霊写真を同窓会に持っていかなければならないという、わけの分からない使命感に苛まれてしまっていた。

 

つまりぼくは、その同窓会に持参するオリジナルの心霊写真を撮影するためだけに、OZUNOに参加することを決めたのだった。

 

そしてそれが、ぼくをとんでもない悪夢に迷い込ませることとなった。

 

ねえきみ、本当にコワい心霊写真って撮影したことあるかい?の話

 

 

 

 

月白貉