ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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バジリスク

Thine eyes, sweet lady, have infected mine.

- William Shakespeare -

 

月曜日の朝、関節に走る激痛で目を覚ました私は、39度の熱を出していた。妻の運転する車で近所の内科に行き診察を受けると、インフルエンザだと診断され即効性のあるという吸引型の薬剤を処方され帰宅した。

 

ここ数日はほとんど家にこもりきりで原稿を書いていたため、家族以外からインフルエンザに感染することは考えられなかったが、妻も息子もインフルエンザなどにはかかっておらず、その感染源は不明のままだったが、確かに“なんとか”A型に感染していると、医者からは診断された。正式な名称は頭が朦朧としていたため覚えていない。

 

処方された薬を吸引してすぐにベッドにもぐりこみ、酷い関節の痛みと熱に体を絞め上げられながらも、悪夢のような微睡みの中で眠ったり起きたりを繰り返していると、何度めかの目覚めの後に、体中の毒素が一気に抜き取られたかのように体が軽くなっていた。ただ関節の方は、痛みは和らいだにせよ錆び付いて動かなくなった柱時計のような匂いを放っていた。けれどそれがなぜか異常なほど心地よかった。

 

私はベッドに仰向けになったまま目を開け、しばらくの間ずっと薄暗い天井を見つめていた。すると私が寝ている寝室の横のリビングから、妻と息子の会話が聞こえてきた。時計を確認していないので定かではなかったが、リビングに息子がいるということはすでに夕暮れ時なのではないのかと、ぼんやりそう思った。

 

「パパは?」

 

「あ〜、パパね、インフルエンザにかかっちゃったから、いま向こうで寝てるのよ。タツヤこれ、ちゃんとマスクしておいてね、感染っちゃうからね。」

 

「え〜、マスクなんかしないでもいいでしょ?」

 

「だめだよ、高い熱が出て苦しむの嫌でしょ、ママもしてるんだからちゃんとマスクしてね。」

 

「え〜。」

 

「ママごはんの支度はじめるからね。」

 

「うん、じゃあ、ここで宿題やってるけど、あ、パパに話したいことがあるんだよ、今パパのところ行ってもいい?」

 

「今寝てるからだめだよ、あとで起きてくるだろうから、その時にしなさい。」

 

「わかった。」

 

妻が台所で鍋を火にかけている音や、まな板で野菜を切っている音や、タツヤがリビングのテーブルでノートに何かを書いている音などが、不規則にバラバラと聞こえてきていた。

 

「ねえ、タツヤ。」

 

「うん、なに?」

 

「今さあ、何か欲しいものあるの?」

 

「あっ!誕生日のプレゼントのことっ!?」

 

「それは秘密、ただ欲しいものがあるなら聞きたいだけ。」

 

「あるよ!」

 

「何かな?」

 

バジリスク!」

 

「それはなあに?ゲームのソフト?」

 

「ちがうよ!ねえ、マルタ屋のあったところにペットショップ出来たの知ってるでしょ?そこにね、バジリスクっていうね、足が6本生えてるヘビがいるんだよ!」

 

「え〜、ちょっと、まさかヘビが欲しいの?家でヘビ飼うのはなあ、ちょっとママ無理だなあ。」

 

「だって欲しいもの聞いたでしょ!」

 

「うん、まあ、そうだけどさあ、だってしかも足が6本あるって、それヘビじゃなくてトカゲか何かじゃないの?」

 

「だってメルキドのおじさんがヘビだって言ってたよ、ぼくも聞いたけど、足があるからヘビじゃないでしょって聞いたけどね、ヘビだよって言ってた。」

 

メルキドのおじさんって?」

 

「ペットショップのおじさん、メルキドって名前のペットショップなんだよ、ママ知らないの?」

 

「そうなんだ、メルキドかあ、こんな田舎町にペットショップなんか出来たのかあ、でもヘビはなあ・・・。」

 

「誕生日のプレゼントはバジリスクが欲しい!」

 

「まだ誕生日のプレゼントだとは言ってないでしょ、まあわかりました、一応欲しいものは覚えておきますね。」

 

「うん、だってねえ、タダでくれるって言ってたんだよ。いくらですかって聞いたらね、ちゃんと飼えるなら連れて帰ってもいいよって!だからね、パパに聞こうと思って!」

 

「パパに話ってそれなんだ、そっか・・・、じゃあ、それはまた後でパパと相談しようね。」

 

「うん、わかった!」

 

寝室の隅を、何か小さな生き物の影が横切ったような気がした。

 

その時私はふと、タツヤはあれの眼を見てしまったのかもしれないと思った。

 

あれに感染してしまって、そしてもうすでにあれをこの家に連れてきてしまったのかもしれないと。

 

バジリスクの眼を見た者は、自らの目にバジリスクの卵を宿してしまう。卵はその者の家で孵化を始め、すぐに成長し、成体となったバジリスクは目から抜け出してその家に住み着いてしまう。そして住み着いた家に呪いをかけるという。

 

片や目に卵を宿した者は卵の孵化と共に高熱を出し、バジリスクが目から抜け出た後に一時だけ天国のような快楽を感じるが、しばらくして命を落とす。しかし子供は例外で、目に宿したバジリスクの卵が孵化しても熱は出さず、バジリスクが目から抜け出た後も、死ぬことはないという。

 

バジリスクの呪いはすべてのものを枯らせて、家を砂に変えてしまう。そしてその場所はいずれ砂漠と化す。

 

砂漠にバジリスクが住んでいると言われるがそうではなく、バジリスクが砂漠を創り出している。

 

私はいつかどこかで読んだその話を思い出しながら、永遠の微睡みへと沈み込んでいった。

 

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