追伸、火花スパークス
「さっきさ、つっちゃん、又吉の火花、立ち読みしてたでしょ。どんなふうだった?」
店長は、三枚持っているから買わないと言っていたグリーンマイルのDVDを何故か一枚しっかり買っていて、ずいぶん気分が高揚しているようだった。
「読んだって言っても、冒頭のちょっとしか読んでないから、まったくどんなふうかなんて、言えませんよ。でも結局小説って、始めの何行かで、その隙間に吸い込まれない限りは、後は読めませんよね。それってたぶん相性だと思うんだけれど、どんなに誰かの評価が高くても、それはまた別の話で、入り込めない隙間だと感じたら入れないんですよね。理由はよくわからないけれど、自分には狭すぎるとか、なんだかベトベトしてて気持ち悪いとか、下水みたいな臭いがして耐えられないとか、もっと純粋にただ無理だとか。なんか嫌な例えばかりだけれど、そういうふうに感じた小説は、最初の一行だけでも、そう感じた時点で、すぐに手放しちゃうから。だからそういう意味で言えば、一行読んだら吸い込まれそうになっちゃいましたよ、火花は。店長、実写版を観たって言ってましたよね、どうでしたか、火花の実写版は?」
その日の天気予報は曇りだったけれど、天気予報が曇りという場合に限って言えば、九十七パーセントくらいは晴天になるか、あるいは真逆の大雨になるかだと、ぼくはいつも思っていた。そしてその日はどんなに手の長い猿でも届かないような、果てまで突き抜ける青空の、百パーセントの晴天だった。
「う〜ん、つっちゃんの理論で言えば、まあおれも一話しか観てないけど、ちょっと吸い込まれたよ。まあ基本的におれ、外国の映画しか観ないし、ネットでドラマを観るっていう習性がないからさ。テレビなんてまったく観ないし。あのサービスに入ってるのも厳密にはサツキ先生だし、たまたま一緒に観たってくらいのことかな。ん〜、主人公がカッコいい。有無を言わさず、カッコいい。サツキ先生も同じこと言ってた。えっと、トクミツだっけ?主人公の名前、トクミツだよな。それが、一話だけしか観ていない、おれの感想かな。サツキ先生は全部観たらしいけど。」
「トクミツでしたっけ・・・?ぼく予告編だけ観ましたよ、トクナガですよね。」
「あ、トクナガね、そうだ、トクナガね。ごめん。でもさ、外国の映画でもそうだけど、主人公がカッコいいってことは、すっごく重要だと思う。カッコいいの定義は人それぞれだと思うけどさ、なんかあるじゃない、そういう理屈じゃないカッコいいってやつ。」
「はい、なんとなくわかります。サツキさんは全部観て、なにか感想を言ってましたか?」
「トクナガが、トクナガね、トクナガがカッコいいって、言ってた。」
店長は、トクナガと発音する場面で何故か、ぼくの肩に何度も裏手でツッコミを入れた。
「そうですか、トクナガ、カッコいいんですね。そっかあ、じゃあ小説読む前に、実写版を観てみたいなあ。」
「おっ、じゃあ今からつっちゃん、ウチで、酒飲みながら観るか!」
Netflix火花お題「ドラマ火花の感想」
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月白貉